零【ゼロ】話 どこから、この話を始めよう
誰にも話してない全てが語られるようで語られないような……。
が、頑張ります!
「おっしゃー! 終わったぁーっ!!」
「テストも終わったなー」
「とか言ってたら、あっという間に夏休みだぜ?」
「そういや俺達も来年は受験生だよな。進路とかどうするか決めた?」
「いや全然」
「おいおい今からそんな話かよ……夏休みの話しようぜー夏休みー」
「じゃあいつプール行くよ?」
「八月とか混んでそうだなー」
「それよりも夏祭り、女子誰誘うよ?」
「あの二人は――――……無理だろうな」
「だろうなぁ……」
「…………はぁ」
机に突っ伏した僕の口から、安堵の篭もった溜め息が押し出される。
学期末のテストも今日で終わり。目前には終業式が控え、それを乗り越えれば夏休み。高校生活としてほぼ最後に楽しめる夏と言っても過言ではないだろう。グラウンドの蝉のようにけたましいクラスのざわめきの中、僕は欠伸を零す。
「よっ、昭。調子はどう?」
隣の席からの爽やかな、耳触りの良い声が掛かる。決まり文句のような質問に、僕も合言葉のように「いつも通りだよ」と素っ気ない、返答かどうかも曖昧な答え方をした。
笠原千尋。
身長はおおよそ一六〇センチメートルと女性としては大き目。バッサリと肩ぐらいで切ったショートカットの黒髪と健康的で細身の、それでいてどこか女性らしさのある体躯の少女だ。顔が凄く整っているから美少女と言っても良いかもしれない。左目の下にある小さな泣きほくろがそれを際立たせていた。
男っぽい名前に似合う明るくサバサバとした社交的な性格の持ち主で、男女ともに友人にしやすいタイプだと思う。人付き合いも上手く、この高校にも入学してすぐにあれよあれよと言う間に学級の中心人物と化していた。あともう一人と共に、彼女を中心に学校生活が回っているような感覚に陥る。
そんな彼女、千尋が個人的にいやな予感のする綺麗な笑顔で会話を続行させようとする。
「えー。学校で一、二を争う美少女が話し掛けてんだから、もうちょっとそれっぽい反応ってのしようぜ?」
「それっぽいって何だよ」
「それは……んー、解らん」
「解らないのかよ」
「だって一度も恋愛とかした事ないしなー。……あ、誠はした事ある?」
「……ないけど」
「だよな、知ってる」
ニシシと悪戯っぽく笑う千尋に、溜め息と共に余計なお世話だと愚痴にもならない独り言を零す。
本当に余計なお世話だった。
「お、噂をすればなんとやらじゃん」
「なんの噂だ――」
言いかけた戸頃でようやく僕の耳にもそれが届いた。
それと言うのは、女子の歓声だった。
「ねぇねぇ鞠さん、今日の帰り一緒にどこか寄らない?」
教室に人だかりができたかと思えば、女子達のキャーキャー騒がしい声がクラス中に響く。それでも、クラスメイト達は何一つ文句を言わない。どころかこの学年、学校全体で苦情を言う人間も多分いない。なぜか。
それはただ単純に、人だかりの中心で周囲全員に笑顔を振る舞うのが彼女だからこそだろう。
宇都宮鞠。
学校で一、二を荒らそう美少女のもう一方。一五〇センチメートルと小柄で、彼女も千尋のように身体の線が細く、でも千尋とは少し違う文化的な雰囲気を纏っている。そこに紅茶のような赤みがかった茶髪に全てを射止めるようなブラウンの瞳が付加されて、一層の美しさを惹き立てていた。
性格だが、彼女も明るいが千尋とは毛色が随分と違う。どちらかと言えば男友達とワイワイ賑やかにスポーツに興じていそうな千尋とは対称的に、鞠は女友達とニコニコお淑やかに紅茶でも嗜んでいそうな落ち着き払った高貴な印象があった。事実貴族のような家柄らしい(取り巻きの会話より)し、あながちこのイメージは間違ってないと僕は思う。
ちなみに。
今日のように誰かが彼女を誘おうとするとよく起きる事なのだが、
「ごめんねみんな、今日も用事があって無理なの」
そう言って鞠が苦笑すれば、「いつもお忙しいですものね!」やら「機会が会った時に、また!」やら即座にイエスマンと化しては泣く泣く引き下がる彼女達の姿がここからでも窺える。最早年中行事ともいえる光景だった。
「おお、今日も女子にモテモテだなー。いや男子にもか」
「だな」
同性の時点でコレだ。異性からは今も高嶺の花をそっと眺め愛でるかのような純真な視線が集中しているのだが、当の本人は全く以って気付かない模様だ。
「――で、昭もああいう感じのがタイプなのかね?」
「なんで自分が。いや正直どうでも」
「……おや? 今日はいつもより歯応えがないね」
「歯応えって言い方」
「あははっ、つい楽しくて」
「そうかい」
更に悪戯っぽく笑う千尋を雑に受け流して、僕はいかにあの混雑した出入り口を素早く突破できるのかに思考を切り替える事にした。
それよりも今日は好きな作家の最新作が発売されるらしいから、さっさと帰路について早く買いに行って読みたいのだ。
だから。
「それには、だ」
「?」
突然僕が呟いたからだろう、千尋が疑問符を浮かべる横で僕は鞠に向かって手を振る事にした。一瞬だけ彼女と目が合うが、すぐに向こうは手首に巻いた腕時計に焦点を合わせてしまう。
「あ、そろそろ時間だから今日はここで帰りますね」
「宇都宮さん、またねー!」
「「「「「またねー!」」」」」
「うん、みんなもいつもありがとうね~」
そう言って(他クラスの生徒だったのか)蜂のように群がっていた人々がぞろぞろと消えていく。そちらに柔らかい笑顔で手を振りつつ、こちらへと彼女はやって来た。
そして。
「お待たせちーちゃん」
「いや全然待ってないって。それより相変わらずだねぇマリーは」
名前の順で割り振られた俺の後ろの席に鞠は静かに美しく着席すると、俺の隣の千尋に視線を合わせて井戸端会議を開催させた。
「あはは、やめてよ照れちゃうから」
「あ、結構満更でもないんだ?」
「それはやっぱり嬉しいものじゃない?」
「そういうものなのかね。私はてんで解らん」
「えー、ちーちゃん可愛いよ! というか人気あるから! 特に私に!」
「そう言ってくれると私ゃ嬉しいよ、えぐえぐ」
「――あの、もう僕帰っていいかな」
「とか言って待ってくれるんだろ? 知ってるって」
「そうそう。そうじゃなきゃまず私に手を振ったりしないでしょあなた」
「なんでそんな事――」
「「…………………………うん?」」
「…………はぁ」
グッバイ新刊。
いや、まだ間に合う筈だ。
どこからか多方面から襲い来る羨望の眼差しを無視して、僕は何かを諦めて折角上げた腰を椅子に下ろす。それで表面上は笑顔で綺麗な彼女達の会話を静観する事に徹しようと思った。
明日葉昭、十七歳。
日常と呼ぶのを若干躊躇ってしまうたくなる日常が、ここにあった。
PCの唐突なフリーズへの対策として、今では携帯である程度打ってからこちらにまた書き出すという倍時間が掛かる作業をしております。
また買い換えるのかぁ……?