ぷろろーぐ ~Now Loading~
初めまして。
みなさんの好みに合えば幸いです。
もうすぐ春の筈なのに、外はとても寒かった。
だけど。
いや。
しかし。
この手の震えは寒さから来ている訳じゃない。
この頬の痺れも寒さから来ている訳じゃ、ない。
――――この景色、この時間を『僕』は覚えている。
茜色に染まる世界で『僕』は二人に告げた。
冬の空気が、『僕』の平手を受けた頬を冷まし、零れた白い息を何処かへ運んで行った。一方は驚愕を、もう一方は悲哀を顔に張り付けていた。
――――この二人の事も覚えている。
――――そして、その視線が、とても辛かった事さえも覚えている。
『何でっ!?』『どうして!?』
『ゴメン。急に決まったんだ。……でもいつかまたここに来るから』
『ホントね?本当にホントね!?』『……絶対だよ?』
――――ああ。来るとも。この時の思いは今も昔も変わらない。
だから泣かないでくれよ二人共。
そう言いたくて伝えたくて、『僕』は息を吸い、口を開……――――
# # #
「――――……………ぁ……?」
「あ、目を覚ましましたか兄さん」
「ぁ、ああ――――って顔が近い顔が近い!!」
「別にいいじゃないですか。ところで、そろそろ着くようですよ」
「だーかーらー、近いっ!!」
「きゃっ」
「耳元で言うな……起きたばっかの頭に声が響く……」
未だボケている頭に手をやりながら顔を寄せて来た妹を退かして起き上がる。窮屈な車内で寝ていたお陰で身体のあちこちが痛む、が無視して目を外に向ける。
この景色はいつ以来だろう。
車の窓から見渡せる懐かしさに少し胸が苦しくなる。道路の両脇を飾る桜色が春の到来を教え、雲一つない空の青さと植込みの緑によって一層映えている。
「いやー、久し振りだなーこの景色も」
運転席から声が聞こえた。
……見事に親父と感想がハモってしまった。おい止めろ、というかその語尾を伸ばす癖は直せよ、女子高生か。ウインクすんな。
「そうねぇ、七年振りかしら」
おっとりした口調で助手席から返す母。
「ここが幼かった兄さんが育った場所ですか。じゅるり」
そんな事を言って窓から俺の方に視線を移す妹――――ちょっと待て、本当に待て!何だ今の!?ツッコミが大渋滞する問題発言だったぞ!!何で俺助手席座らなかったかなー、って、ココに来るまで高速とかずっと寝てたけど俺、大丈夫だよな?ヘンな事されてないよな?何か視線がアヤシイし……。
確認の為に視線で「大丈夫だよな?」と訊いてみた。
すると、
「ペロッ」
<妹に獲物を狩る眼で舌舐めずりをされてしまった!!>
何故だし!?つーかおい両親!!止めろよコイツ!!!
俺は現実から逃げるように窓へ顔を背けると、馴染み深い住宅街に差し掛かっていた。
七年。
これは長いのだろうか短いのだろうか。
小学校生活の半分と中学校生活の全て、更には高校生活の一年間を向こうで過ごした事を考えると……長い、筈だ。だが不思議とそうは思えないのが本音だ。確かに向こうで知り合いは困らない程度にはいたし、親友と呼べる存在も出来た。それでも、『あいつら』と遊んでいた日々の方が長かったと思えてくるのだから謎だ。
今でも、目を閉じれば『あいつら』の無邪気な笑顔と共に思い出せる。
茜色に染まる空の下、草むらを駆け回り『僕』も一緒に笑って楽しんでいたあの過去を。一つの部屋に集合して通信プレイで協力してゲームを攻略してゆく達成感を分かち合ったあの過去を。
――――『あいつら』は俺のことを覚えているのだろうか?
――――『あいつら』にとって七年はどうだったか?
俺はその答えが知りたく、それと同時にその答えが怖い。
そう、怖いのだ。
もうあの頃のような関係には戻れないだろうとは理解しているつもりだが、あの頃への憧憬までもが壊れそうで怖い。最悪、俺なんて邪魔なんじゃあないか、そんな薄暗い気分さえ湧き上がってくる。
白状してしまえば、ここ最近はあまり眠れていなかったりしたのはそんな不安が押し寄せていたからでもある。
そんな時は決まって、
「まぁ、またここで住んでいけば解るだろう」
そう、いつものように思い、呟き、無理矢理肯定させることにした。
「何の話です、兄さん?――――あ、もしかして私の部屋の件ですか?なら大丈夫です!兄さんと同じ部屋にすればいいのです!!こうすれば防犯と清潔の二つの側面から別に邪な願望はありませんから安心してください!!!ふふふ」
「何だろうと俺は拒否権を使わせてもらうぞ!というか部屋は一つ余ってたはずだ!!」
「えー」
「えー言うな!!」
「えー」
「調子に乗るな五月蠅いぞヒゲ……いやジョークですからジョーク。なのでその殺気はしまいましょうねマイマザー」
「ふふ、解ればよろしくてよ?」
「で、兄さんの部屋でファイナルアンサー?」
「何故だし!?」
そんなこんなの内に胸の苦しさはいつの間にかなくなっていた。
# # #
昔の我が家は住宅街の片隅――――最奥だったりする。俺の記憶が正しければ住宅街に入ったとはいえ、あと少しは掛かる筈だ。
そんな事を考えていると、妹が尋ねて来た。
「兄さん」
「ん?」
「さっきの部屋の話で思ったのですが、兄さん達が昔住んでいた家ってどんな家だったんですか?」
「え?あ、あー、そうだったな。お前この頃病院生活だったもんな」
その言葉にコクリと肯く妹。
この家族の中で唯一妹だけはこの土地を知らない。病気を患っていて大きな病院で長いこと療養していたからだ。別に死の病でも不治の病でもないが体力がゴッソリ落ちてしまった為、寝たきりに近い状態だったのである。勉強なども院内学校で受けていたので態々無理させて家に来させる必要もなかった為、家にさえ入っていない。
とはいえ七年も前なので、俺自身、ザッッッックリとしか覚えていない。
なので、当たり障りのない事をほざいてみる。
「あっちで住んでた所と変わんないぞ?」
「ほー、テキトーに言いますね」
「俺も少ししか記憶がねぇんだよ」
その言葉に妹はピクリ、と肩を反応させた。
「なら、私はあっちと同じく兄さんの部屋にいなきゃですね」
「何故だし!?向こうでもそんな思い出は一欠片もないし!!」
「……憶えてないのですか、兄さん」
「その言い方は止めろ!それでも俺はやってない!!」
「オイオイ何照れてんだ。兄妹仲が良いのは結構じゃねぇか」
「あぁ!?アンタ何処訊いて――――」
「あらあら、どの口がそんなことを仰っているのかしら?」
「――――な、何でもないからその瘴気は止めましょう母さん」
「ムムッ――――兄さん、アレですか?」
「そうですアレが我が家ですって言うかお前マイペースだなオイ!!」
# # #
こうして、七年間の月日を経て、当時『僕』だった現在の「俺」は再びこの地を踏んだ。
その後、「俺」は気付き、思い知らされる。
『僕』が「俺」になったように、『あいつら』も「彼女達」になっていたという事に。
そしてその変化は「俺」の想像(思い出補正あり)の斜め上を行っていたという事を。
まさか、――――
――――あんな邂逅を果たすなんて、この時は全く考えていなかった。
お読みいただきありがとうございました。
※誤字脱字表現の誤り等がありましたら感想にてご連絡ください。
随時修正致します。
引き続き、『おさどう』をよろしくお願い致します。