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【嵯峨 卯近/2001年~2018年】執筆した過去小説

もののけもよう 其の四――隠れ婆――

作者: 嵯峨 卯近

  もののけもよう 其の四――隠れ婆――

                               筆名・峨嵯がさ 後走ごそう




 ありとあらゆる命にあふれた、この世界。

 されども、あなた方の知る世界とは少し異なります。

 まず、似通ってる所と云えば、極東の――とある島国、その長い歴史の中で『平安』と呼ばれる時代の文化でしょうか。建築様式から風俗まで、人間どもは幽玄の美と言ってますけどね。そして、そんな世界を『宸世しんぜ』とたたえ、誇っています。武士のいない地での皇政復古おうせいふっこを渇望した人間どもと、武士に狩られて滅びゆく存在の我々[もののけ]。そんな利害の一致した彼らの望みを叶えるべく、私は世界をかくしたので――まぁ、成り立ちを語れば長くなるので、このくらいに致しましょうか。

 では、大きく違う所と云えば――そう、私のような命無きモノどもも、多くんでおります。

 怪物、妖怪、化け物、様々なくくられ方がありますが、この世界では総じて[もののけ]と呼ばれ、恐れられています。時には奉られ――、時には狩られ――、私達と人間どもの関係は、悠久の時の流れによって激しく揺れ動きました。

 [もののけ]の定義は広く、そして発生も千差万別と云えるでしょう。

 例えば、其の一で登場した『雪ん子』は、冬の到来を知らしめるべく生まれたモノ。山の風景を白一色に染め上げた後、はかなく消えゆく[もののけ]です。

 次に、其のニで登場する『朱羅しゅら』は、元々人間でした。罪を作り、ごうを重ね、ついには[もののけ]になってしまう、哀れな存在です。

 また、其の三に現れた『骨女ほねおんな』は、無念の死を遂げた悪女です。大きいおムネで男どもをたぶらかし、挙句の果てに埋められてしまった、どうしようもない女なのです。逆恨みも良い所ですが、そうした怨念が死体を動かし、化けて出てくる例は沢山ございますけど、彼女に限っては傍迷惑はためいわくなだけです。


 さて――と、此度こたびは――おや、誰か来たようですね。まぁまぁ、何百年ぶりのお客様でしょうか。これはこれは、オモテナシをして差し上げないと、ふふふ。




 月明かりの無い石畳の一本道、その両脇には石灯籠(とうろう)が得体の知れない光を放つ。吹き抜ける風は生温なまぬるく、雨上がりの湿った匂いが混じっている。そんな中、ゆっくりと歩みを進める三つの人影があった。

「なっ、なぁ、アネゴっ。ホントにこの先でいいんかよぅ? ハァハァ」

 おそるおそる前へ踏み出した、六(しゃく)え【百八十センチ以上】の大男。黒々とした無精髭ぶしょうひげに浅黒く日焼けした筋肉。たくましいの一言に尽きる外見の彼が――、荒い息と共に情けない声を上げた。

「あぁ、ヤバイ雰囲気がビンビンだよ。ババァは間違いなく、ここにいるね」

 たゆんと揺れる二つの果実。ひものような赤い着物で大切な部分だけ隠し、男を誘惑するしか能の無い、どこからどう見ても痴女ちじょな小娘風情が、確かにそう言った。どのようなオモテナシをして差し上げようかしら――と、筋肉の隙間から標的を見定め、クスリと笑う。

「ねぇねぇ、暗いよ、怖いよ、もう帰ろうよぅ……」

 最後は、大男のたくましい左腕にしがみつく少女。怯えた言葉を発しているものの、どことなく演技のような気がしなくもない。しばしば筋肉に頬擦ほおずりし、喜悦の表情を浮かべている。

「ところでお嬢ちゃん、あんたどこから来たんだい?」

 先頭をつかつか歩いていたアネゴが、いきなり振り向いて少女に話しかける。

「……分かんなぁい」

 大男の左腕にぶら下がりながら、向日葵ヒマワリがらの黄色い着物をまとう少女が小首をかしげた。

「じゃあさ、あんたの名前は?」

「ヤエ」

 太陽のような笑顔で、すかさず答える少女。

「なっ、なぁ、アネゴぅ……、ハァハァ」

「ビクビクしてんじゃないよ大吾郎だいごろう、今度はなんだい?」

 大吾郎だいごろうと呼ばれた大男は、左腕にぶら下がる少女を軽々と持ち上げ――、

「コレ、今食べていいかぁ、もう辛抱たまんねぇ。ハァハァ」

 荒い鼻息を吹きかける。

「バカ言ってんじゃないよ、あんたの筋肉で潰れちまうだろ。一応、あたいらは神隠しに遭った村人を救いに来たんだ。普段の山賊稼業じゃないって事を、よく肝に銘じておきな!」

 少女は、きょとんとした表情で大吾郎だいごろうを見つめている。

「うほぅ、そんな目で見ないでくれ、たまんねぇよ……ハァハァ」

 意味も無く足をバタバタさせる少女。黄色い着物の裾から白くて細い太腿ふとももがちらりと見えた――その時、

大吾郎だいごろう、引き締めな! おでなすったようだよ!」

 アネゴが開いた扇に、石灯籠(とうろう)の光が乱反射した。鉄扇である。

 そして――何も無い空間からゆらりと、それは現れた。

 十二単じゅうにひとえという、『平安』と呼ばれる時代の姫君がまとっていたころもに、大きな向日葵ヒマワリの柄が印象的な――。

「でやがったな、隠ればばぁ! ハァハァ」

 大きな荒い息を吐き出し、野太刀の柄を握る大吾郎だいごろう。少女は彼の左腕から離れ、とててっと後ろへ駆け出した。

「いきなりばばぁとは、なんてヒドイ人達なんですの……しくしく」

 頭は白髪、顔はしわだらけ。推定年齢七十歳以上の彼女が、ワザとらしく涙を浮かべる。

「いや……、あんた、どう見てもババァじゃないのさ」

「裸で歩き回ってる変態女に、言われたくないわ!」

 アネゴからの素早いツッコミに、怒声を上げた隠れ婆。

「誰が、裸だって、いうのさ!」

 たゆんっと胸を張って、挑発するアネゴ。このまま、仁義無き女の戦いが始まろうとしていた――のだが、

「こほんっ…………、改めまして自己紹介を。私は、かきねの 八重やえと申します。ようこそお越し下さいました」

 優雅な礼をする推定年齢七十歳以上の八重やえ。面食らったアネゴも、とりあえず頭を下げる。

八重垣やえがきの比売ひめと呼ばれていた時もありましてね、『宸世しんぜ』を創るお手伝いをした事もありますのよ、ふふふ」

「随分、ご大層なババァじゃない。けど、あたいの鉄扇にかなうと思っ……て?」

 いつものように鉄扇を構えようとしたアネゴだが、その感触が、いつの間にか無い。

「あらあら、どうかなされたのかしら? 貴女の手にあった物は隠して差し上げましたわよ、ふふふ」

 推定年齢七十歳以上の八重やえが、口に手を当て笑う。

「あと、おムネが重くて動きづらそうですわねぇ。それも隠して差し上げましょう。えいっ」

 推定年齢七十歳以上の八重やえが、左手を振った瞬間――甲高い金切り声が響き渡った。

「いやああああああ、あたいの、あたいの、胸がああああああ」

 見るも無残な、ぺったんこな胸を見て、茫然自失になるアネゴ。ちなみに、ひものような赤い着物は、支えを失ってずり落ちている。

「よくもアネゴにっ、手を出しやがったなああああああ」

 野太刀を勢いよく抜き放ち、大上段に振りかぶった大吾郎だいごろう。土煙を巻き上げ猛突進――、

「食らいやがれええええええ」

 真っ向唐竹割り。推定年齢七十歳以上の八重やえは、二つにぶった切られた。

「ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ……」

 荒い息を吐きながら、辺りをぐるりと見回す大吾郎だいごろう。アネゴは糸が切れたかのように倒れており、推定年齢七十歳以上の八重やえはどこにも見当たらなかった。代わりに、推定年齢十歳のヤエが、右腕の筋肉に頬擦ほおずりしている。

「ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ、アネゴぅ?」

 返事が無い。彼女は、心が砕けているようだ。

「ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ、もう、辛抱たまんねぇ!」

 野太刀を手放し、ついに大吾郎だいごろうはその欲望を開放した。

 推定年齢十歳のヤエを両手でつかみ、そのまま引き寄せ、そしておおかぶさるように地面へ倒す。ヤエからの抵抗は無い。か細い声が聞こえてくるだけ。

 大吾郎だいごろうのたくましい右手は、向日葵ヒマワリがらの黄色い着物の裾を分け、白くて細い太腿ふとももの間を突き進む。そして――少女の恍惚こうこつとした表情を眺めようと、視線を移したその時――、

 頭は白髪、顔はしわだらけ。推定年齢七十歳以上の彼女が、その眼に映った。

「うおわああああああ、なんだお前わああああああ、ハァハァ」

 戒めを解き、尻餅をつく大吾郎だいごろう

「はい? 先ほども申しました通り、私はかきねの 八重やえですわ。ちなみに、先ほど貴方様に斬られたのは幻だったりしますわよ」

「ばばぁが、ばばぁが、ばばぁに手を出してしまったああああああ、ハァハァ」

 頭を、地面にガンガンぶつけて、己の行動を悔いている大吾郎だいごろう

「そんなに言われると、いくら八重やえでも傷つきますわ……。歳なんて、いくらでも隠せますのに……ふふふ」

 そこには、確かに推定年齢十歳のヤエが座り込んでいた。乱暴されたので、着物がはだけている。

「ハァハァ、ハァハァ、そのままじっとしていろおおおおおお」

 推定年齢十歳の八重やえを見るや否や、鬼気迫るすさまじい形相で地面を蹴った大吾郎だいごろう

「歳を六十歳ほど、現しますわ……ふふふ」

 みるみる内に、推定年齢七十歳以上の外見変化を遂げる八重やえ

「ぎゃああああああ」

 大吾郎だいごろうはそのままの勢いで、彼女の脇にあった石灯籠(とうろう)に頭突きをかます。

 木っ端微塵に砕け散った様子を見て――推定年齢ニ十歳の八重やえは、

「あらあら、いつ見ても殿方の所作は面白うございますわね……ふふふ」

 アネゴの鉄扇を開き、口を隠して高笑いした。

「ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ……」

 大吾郎だいごろうは、推定年齢ニ十歳の八重やえを凝視している。

「そんなに見つめないで下さいな。いくら私が魅力的だからって、やだー」

 一説には、最強の[もののけ]と評されるかきねの 八重やえ。何でも自在に隠したり、現したりできる絶大な能力を持つ彼女が好む、普段の姿。

 黄金に輝く波掛かった髪【ウェーブ】に、金色の瞳。人間どもの価値観による所の、理想的な女子の身体付き【スタイル】に、決して小さくは無い胸。肌も白いし、胸も小さくは無いし、足も細い。有り体に言えば美女であって、おそらく十人がその姿を目にすれば、十人は息を呑むに違いない。

「ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ……なんだ、ばばぁか」


 ――ピシッ。


 空気がひび割れた。




 この――宸世しんぜ一の美女だと言っても過言では無いニ十歳の八重やえさんに向かって、ばばぁは無いでしょ、ばばぁは。ありえないでしょ。えぇ、まったくもって、ありえなさすぎです。

 まぁ、大吾郎だいごろうさまには、三十秒心臓を隠すとか、全身の筋肉を隠すというオモテナシをして差し上げ、お帰り戴きました。もちろん、アネゴさんのおムネも隠しっぱなしですよ。もう、来て戴かなくて結構でございますから。

 ちなみに、村人の神隠しというのは、心当たりがございません。私は、無闇に能力を使わない主義なので、誰か他の人がやったのではありませんかね。筋肉隆々の猛々しい武者様に討たれたくはありませんもの。むしろ、無茶苦茶にされた――い、


 ――こほんっ。


 わたくしとした事が、少々脱線してしまったようです。

 では、此度こたびはこれで失礼したく存じます。



其の三で暴走した語り部さんを、もう好きにさせちゃえ……って事で、書き上げました。楽しんで書きましたが、ふと気が付くと結構長い。

という事で、ご覧下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もののけもよう四編の評価とさせて頂きます。いずれの話も人間の欲望が皮肉的に描かれており、悪が報いを受けるとも限らない後味の悪い感のあるところが、童話や昔話の類型にピッタリ当て嵌まっていると…
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