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歪愛

作者: いち

憎めば憎む程に


絡まって、捕まって、頭から腐敗していく。


どうか許して下さい。

啜り泣く彼の前に膝を付き。

頬に張り付いた髪を幾分か、指で払ってやる。

触れた指先には僅かな体温が伝わり、その冷たさに酷く心が傷んだ。


どれ程、涙を流したのであろう

どれ程、肩を震わせたのであろうか

食事も取らず、僅かな睡眠の間には悪夢に苛まれ。それでも、彼はこの世界に張り付いている。恐らく最も低い地位で、地獄と現実の狭間をゆらゆらと揺れる。


さぁ、食事をとろう。温かなスープがある。

そう彼を説き伏せば、私は構いませんとうなだれた丸い頭部が僅かばかりに左右に揺れる。


どうか、彼女に与えて下さい


さぁ、睡眠の時間だ。心が安らぐ音楽をかけよう。

そう彼に告げれば、渇いた唇で言葉を綴る。


どうか、彼女に聞かせて下さい


彼の世界には彼女しかいないのだ。彼女の名は性格にはサユリと言うらしい。美しく、可憐を連想させる漢字を組み合わせた名だ。それに伴う程サユリは美しい女性である。

私は彼女を愛していた。

彼には負けぬ程、いや、彼のサユリに対する愛情等私の前では

霞んでしまう。

それ程に私はサユリを愛していたのだ。長い年月を経て、日々の生活を持って慈しみ、愛情を深めていたのである。

それを私の前にいる、この骨に皮膚を貼付けただけの貧相な男は、事もあろうに、愛していると告げた。

側に居て欲しいと


だからこれは、当然の事なのだ。彼が苦しんでいるのは、私の苦しみには足元も及ばない。マチ針程の愛しか持たぬ男に、ささくれ程度の痛みを与えてあげているのだ。

人気の無いこの山奥にある。私の所有地で、箱庭の様な私の廃棄上に私達はいる。

たった二人だけで・・・


鏡に写るサユリに私は優しく微笑みを浮かべると、サユリは花が綻んだ様に微笑みを浮かべる。美しく可憐な私の花。

夏の調べにも勝るであろう。

冬の匂いにも勝るであろう。

春の優しさにも勝るであろう。

秋の静寂にも勝るであろう。

その、表情は瞬く間にくすみ、色を無くしていく。ビー玉の様な瞳はみるみる内に、水を蓄え

瞬きと共に溢れ反ってくる。

唇をわななかせ、今にも鳴咽がもれてしまいそうな程に揺らめかせている。


悲しんでいるのだろう

手に取るようにサユリの気持ちは私には解る。

世界で1番愛おしいサユリ。

鏡腰に彼女の指先に触れてみる。冷たい筈の鏡に温もりが灯る。サユリが私の指先に手を重ねていた。

緩く指先に熱が走る。

サユリは誰のものでもない。

私のサユリ、どうかどうか泣かないでおくれ。

静かに告げると、私はサユリの元から立ち去った。



彼の部屋を開ける。薄暗く陰気な部屋だ。正に今の彼にはお似合いであろう。

梅雨を思わせる程の湿気を携える彼には、


小百合


彼が私の名を呼ぶ。

私の愛おしい者の名を告げる。

きっと、小百合も微笑みを浮かべているであろう。

今の私にはそれを知る術は無い。此処には私達を通わせるものは無いのだから。

愛おしい

愛おしい小百合。

私以上に私を愛せる者等いないのだから。

彼程に、彼自身を慈しまない存在に私は今日も涙を浮かべる。



読んでいただいて、ありがとうございます。

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