第八話 俺、参上
「よくやったぜ。上出来だ」
カロッゾ=モーナスはでっぷりと脂の乗った体を揺らしながら仲間と共にハルベルトの死体を見下ろし、血だまりに座り込むココナの首を掴む。
「う、くっ!」
「ふひひひ。この剣は貰ってくぜ。何せ今回の報酬だしな。それとたっぷりごぶばああ」
涎に塗れた口が下顎からの衝撃で歪む。ブロンドの髪が流れるように舞う中、ココナの放った華麗なるサマーソルトキックが決まり、その勢いで後方に飛んで着地。
「この剣は・・・・・・渡さない!」
ココナは数人の賊達を斬り伏せて駆け出す。
「ち、先生! お願いしますよ」
《なんだよ。もう僕の出番かい》
カロッゾの陰から姿を現した男が静かに仮面越しに笑い声を上げる。まるで道化師のようなその不気味な仮面は、影の間を縫うようにココナを追いかけはじめ、賊達もその後に続いて追いかけはじめる。
集団が姿を消した後。
建物の陰から一人の女性が姿を現した。真紅の髪が映える白色の肌の美しい女性。軍服にも似た純白の衣装に身を包んだ女性は、その場に残されたハルベルトの遺体を見下ろして静かに手を合わせる。
その後水晶を取り出してどこかに通信を始めた。
「こちらヴェイローズ。ヴェル、どうやら遅かったみたい。ヴェルがドーナスの屋敷で見かけた女はやはり使い捨てに利用された女。それと、上位魔人が関わってるっぽい。これから追跡する」
『わかったわ。ところでハル・・・・・・クリスタ君は? 無事なのよね?』
「・・・・・・ここには来ていない」
『そう。私もそっちに行くわ』
「いや、ヴェルはドーナスの屋敷周辺を見張ってて。トリスにもそっちに向かわせるから」
そう言って通信をきる。赤毛の女性。
ヴェイローズ=オルトレアは三大聖女ノルン・スクルドとして主に斥候を担っている。
普段寡黙で物静かな彼女。その内面は友人思いの優しい性格をしている。親友であるヴェロニカが聖女候補生の頃からの思い人だったハルベルトが、今ここで息を引き取った。
その現実を見せまいと彼女なりに考えた結果、彼女にその事実を伏せることとなったのである。
「ごめん。貴方は必ず埋葬するから」
そう言い残し、ヴェイローズは賊達を追いかけその場から立ち去った。
ココナがその場から逃げ出して十数分経った頃。
街の中でもスラム化しているロブナン地区へココナは逃げ込んでいた。アルドブルクの闇と呼ばれるその地区は、その名の通り憲兵さえも恐れる治安の最悪な場所でもあった。
日中でも時折行き倒れの死体が転がるこの街の中で、ココナは迫りくる恐怖と戦いながら走り続ける。
誰もが敵に見える状況の中、味方のいない包囲網が構築されている。そんな絶望感さえ感じさせる雰囲気に身震いさえ覚える。
「誰か・・・・・・たすけてよう」
建物の陰に隠れてやり過ごそうとしたココナ。その呟きはわずかな希望にすがる。そんな小さな願いだった。
「ざんねんええん。神は死んだああ」
間延びした薄気味悪い声が突如壁の中から聞こえる。
「きゃああああああ」
咄嗟に走り出したおかげで絶命のピンチを逃れたココナ。先ほどまでいた場所の地面には深々と大鎌が突き刺さていた。
「ち! 惜しい・・・・・・抜けない! 抜けないよお母さん!」
仮面の男が必死に大鎌を地面から引き抜こうと頑張り、やっとのことで鎌が抜けた瞬間、柄が仮面に直撃。
「てめえ、やりやがったな・・・・・・お母さんにも殴られたことないのに!」
どう考えても自爆の筈が、ココナにとっていい迷惑な逆恨みだった。
「馬鹿?」
「馬鹿じゃねえよ、てめえ、ちょっと可哀想だからハートフルに首を落として終わらせてやろうと思えば。俺超アングリーなわけよ。OK?」
男の言っている言葉が全く理解できないという表情で、ココナは砂を投げつけて走り出す。
「ち、目くらましのつもりかよ」
男が再び影の中に潜り込んで追跡を始める。
数メートル先に回り込んだ男は、邪魔だと言わんばかりに大振りで大鎌を薙ぎ払う。
周囲にいた浮浪者やチンピラ風の男達の胴体や首が一斉に宙を舞った。
血しぶきが建物に張り付く光景を目撃し、必死に叫びそうになる声を堪えながらココナは逆方向に走り出す。
だが、今度は賊達が道を塞いでいた。
「よくも大事な顔を潰してくれたなあ。てめえの体を弄んでやりたいがよう、先生にお願いした以上それも出来ねえな。なんせ先生はセックスよりも殺しが趣味なんだぎゃはははは」
迫りくる仮面の男。さらに前方には立ちふさがる賊の集団。完全に包囲された状況でココナは剣を握りしめる。
「ごめんなさい・・・・・・こんなことなら私が死ねばよかった」
斬り殺してしまったハルベルトに対してココナは懺悔しながら涙ぐむ。
「償うなら生きてすること。貴方が死んだところで何も解決にならない」
どこからともなく聞こえた声と同時に、賊の男達が次々とその場に倒れ伏す。
「ああん? 純白の衣装・・・・・・聖女様ですかああ?」
赤毛の女性がカロッゾの巨躯を前に倒して姿を現す。その金色の瞳が仮面の男の視線と交錯したその時。
断続的に響く金属音。
二人の姿が消え、音だけが響く音速の世界。
「くかかか。やっぱり手ごわいねえ。楽しいよ。聖女って強いんだろ? 魔王と戦わせたらどっちが強いのかなああ?」
「・・・・・・興味ないな」
燃えるような真紅の髪と正反対に、物静かな雰囲気で未だ余裕の表情を浮かべるヴェイローズ。
その後ろでは、レベルの違う戦いを前にココナは呆気にとられへたり込んでいた。音速で動くなど最早人間離れ。瞬足を誇る獣人さえその域に到達するのは難しいのに、ヴェイローズは人の身でそれを成しているのだ。
怪物。
三大聖女の血まみれのヴァレンタインと災厄の暴君ラトレー。
そして彼女は無存在のオルトレア。
三人の中で最速を誇り、その存在すら感じさせない最強の一柱。
「くくく。影はね光と共に存在する対。音速なんて目じゃねええええんだよ!」
男は仮面の中からくぐもった笑いを上げ、影から影へと移動し迫りくる。
音速すら超えるスピード。
「お前の早さはまやかしだ」
先回りした筈の動きの筈が、ヴェイローズの小手爪が男の胴を斬り裂く。
間髪おかずに腕や足が斬り裂かれ、たちまち満身創痍になった。
「あ、ちょ、てめえ、俺のお気に入りの印籠刺繍パンツを!」
これが目に入らぬかと男が破れたズボンの中から見えたものを股間ごと突き出した。
パオーン!
小象のような鳴き声が幻聴として二人に聞こえたような気がした。
「・・・・・・上位魔人も大小様々なんだ」
ココナが顔を赤らめながら顔を背ける。ヴェイローズもどこか視線だけは優しい眼差しになり。
「・・・・・・ふ、ちっさ」
酷く冷淡な声で男の心をプライドごと圧し折った。
「あ、ああああああ! 印籠パンツが! 俺のマイサンを勝手に見ておきながら・・・・・・てめええらもう許さねええ。ラヴァナスの種子の力を得た俺を舐めるなよー!」
「・・・・・・ラヴァナス!! まさか」
「へ。今更気づいても遅いぜ。殺してやる」
そう言って男は仮面を剥ぎ取った。
その下には蛆のようなものが無数に這っている。悍ましいほど気味の悪い姿を目の当たりにしたココナは、思わずその手で口元を覆った。
「魔王ラヴァナス。世界を敵に回した混沌の王・・・・・・封印されて尚その憎悪が世界に闇の力として蒔かれたという。それがラヴァナスの種子。貴方の憎悪って・・・・・・」
「ふははは。俺の憎悪? そりゃこの世界だよ。勝手に呼び出して力を持っていないからとポイ捨てしやがった勝手な世界さ。だから俺はこの世界の人間を残らず殺してこの世界に復讐するのさ」
「まさか貴方この世界の人間じゃない?」
「おやおや。聖女様も知らない世界の闇か。ひひひ。俺の名はヒラノケンゴって名前だ。まあとっくに捨てた名前だけどな。今じゃデスマシーンって名乗ってるんだぜい」
大鎌に蛆虫が集まると、形状が更に禍々しく変化する。
まるで一つの生物のように柄が鼓動を立てて、刃に血管らしきものが浮かび上がった。
「決める!」
先に動いたのはヴェイローズだった。電光石火の如く体のバネを最大限に生かし
た一撃が真正面から叩きこまれた。
だが、その一撃は軽々と大鎌に阻まれ、デスマシーンの背後から伸びた数本の腕に殴り飛ばされる。
今までの攻撃とは比較にならないほどの重い打撃力に、受け止めきれずにココナの傍まで吹っ飛んだ。
更に先ほどの攻撃に斬撃が加わっていたせいで、ヴェイローズの脇腹から夥しい量の出血が起きていた。
このままでは二人とも殺される。
ココナは咄嗟に中級の火炎属性呪文、フレイミーズを詠唱してデスマシーンに放った。
爆炎を上げ、同時に舞い上がった土煙に乗じてヴェイローズを抱えてその場から逃げるココナ。
「ああくそ。小癪なまねしてくれるじゃねえか」
鬱陶しそうにしながらも、平然と炎の渦の中を前進するデスマシーン。
前方を必死に走っているココナではあったが、大ダメージを受けたヴェイローズを抱えては十分に走ることは出来なかった。
「・・・・・・私を置いて逃げて」
「駄目。もう嫌なの。もう殺すのも誰かが死ぬのをみるのも」
そんなココナの必死な願い。ココナはあの時ハルベルトから剣だけではなく回復
の指輪も受け取って置けば良かったと後悔する。そうすれば彼女に回復魔法を使ってあげられたのにと。
そんな後悔に思考を支配されながらも、ヴェイローズと共に必死に逃げようとした矢先。
ドゴーーーン!
突如直ぐそばの民家の壁が吹き飛んで二人の逃げ道を遮った。
巻き起こる土煙の中、漆黒の輝きを放つ悍ましい死神の姿にも似た存在が立ちはだかった。
突然の出来事に尻餅をついたココナに引きずられる様に、ヴェイローズも尻餅をつくと同時に、脇腹に走る激痛に顔を歪める。
「い、いやああああ」
後ずさるココナを、真紅の眼を発光させて見下ろしながらゆっくりと歩み寄る。重々しい足取りと重厚感あふれる金属の複雑骨格のボディ。
まさしくスケルトンだった。
「あははは。お前らついてないな。最後の最後で街に入り込んだ魔物に出くわすなんてな。それにしてもコイツどっかで見たことあるなあ。まあいい、手を出すなよ。こいつらは俺の獲物だ。スケルトンごときがでしゃばるな。まあ変わった形に免じて俺の配下に加えてやるからよ」
意気揚々のデスマシーンことヒラノケンゴ。最後の力を振り絞ってヴェイローズが立ち上がろうとしたが、スケルトンがヴェイローズの肩を掴んで引き摺り倒した。
そのままスケルトンは背中に隠し持っていた長筒の得物──ショットガンをトリガーカバーに人差し指をひっかけ一回転させる。
「耳を塞げ」
スピンローディングで装填させた弾丸を間髪おかずに発射させデスマシーンの体を10メートル先まで吹き飛ばした。
耳を咄嗟に塞いだものの、鳴り響く爆音と心臓に響く震動に驚きの表情を見せる二人。
「ハスタ・ラ・ヴィスタ・ベイベー」
「な、なに! 貴方何者!」
ココナの質問を無視し、スケルトンはミスリルの指輪をココナに預け、自分はデスマシーンの元へ単身向かっていくのだった。
ちょい短いです。すみません。
次回、異世界人VS異世界人の遅れたチート野郎同士の戦いです