第六話 スケルトンがスケベトンになった日
俺の店がオープンしてから2週間ほど経ってからだろうか。ドーナス商会のあからさまな嫌がらせが始まった。
まず塩の価格が俺の店の半値で売られ始めたのだ。これはまあ予想の範疇だ。続いて武器防具の価格が各店で半値以下になった。
これまた恐ろしい話である。
今まで高騰していたのでが、俺がミスリルと鉄を売ったことで余剰が出来たおかげで価格が収まったかと思えば更に半値。
まあこれも前述の通り、仕入れ値がゼロの俺にとっては打撃は無い。むしろ向こうの店は大打撃だろう。
だがこれには、ちゃんとからくりがある。
半値の分をドーナスが負担しているのだ。
これにて売れなくなった俺の店が泣き寝入りするのを待っていたるのだろう。さらに医薬品の価格も下げたのだ。
徹底的に俺の店をターゲットにしているのがわかる。ここで喜ぶのは怠け者のルリルリくらいだろうな。
「今日も暇でいいでねえ。ハルっち僕休憩していいかい?」
「ルリルリは休憩しすぎ~!」
ナナがぶーぶー言いながらルリルリの周りをパタパタ飛び始める。どうでもいいけどあまり高く飛びすぎるとスカートの下見えるよ。
まあ別に俺のお得意様は水を大量に買ってくれるし、商品の品質保証は聖女様のお墨付き。
何せただ綺麗なだけじゃなく煮沸消毒もしているのでバクテリアはいないのだ。
お清めの水として早々に聖女教会が認定してくれたので、俺はかなり安く王国と聖女教会に売っている。更に聖女教会や王国騎士団はいかに安くても人命には代えられないと言うことで、医薬品関係も大量に買い付けてくれる。なのでこれも安値で提供している。
ポーション自体の製造コストはゼロ。
まず工程を説明するならば、再構成した圧縮魔晶石に治癒魔法を付与した後、それを魔力付与した純水と時間かけて混ぜ合わせるだけ。それを土を浄化して造った小瓶に入れて封をするのみ。
全てダンジョンで手に入れてきた材料で仕上げているので製造コストゼロなのだ。
おまけに人件費もゼロ。
一応彼女達にはお小遣いもあげているし、彼女達には言ってないが、売り上げから食費などを引いた分から余ったお金の何割かを、彼女達名義で大事に積立貯金を行っている。
俺はここが無くなっても身一つで何かやろうと思えば何でも出来るつもりだし。
さて、これが長引けば痛手を食うのがどちらか。
「ドーナス周辺の店の現状を確認してきましたがどうやら芳しくないようです」
アリアが周辺偵察から戻ってきて、開口一番にそう言い放ってきた。
一カ月経ったところで、ドーナスの資金繰りにも厳しさがやって来たのだろう。何せ始めは半値の負担を約束してみたものの、状況が長引けば不利なのはドーレスの方なのだ。
さらに俺には王国御用達の商品が置いてある。
冒険者達だって馬鹿じゃない。どんなに安くても持てる個数に限界があるし、俺がかつて大枚はたいて買った無限収納のアイテム袋など、誰もが持てるわけではない。
更に商会のポーションは俺のポーションの効能と比べ半分以下。それで値段が半分なのだからどちらを買うかと言えば俺の店のポーションである。
結局ドーナスは自ら取った行動で自分の首を絞めてしまったわけだ。
「ハル様。ポーションのストックが3000に持ち直しましたけど。2900はストックとして倉庫に移しました」
マリーナがタイミングよく地下から戻って来る。
「じゃあルリルリとネネに陳列任せて休憩していいよ。今日のお菓子はマドレーヌだって」
マリーナの顔が一瞬ほころんだ。すぐさま顔を真っ赤にしてすごすごと下がっていく姿も可愛らしい。
スーツ姿の仕事できる女性が可愛い部分見せると萌えるよね。もう押し倒したくなるくらい。
「ハル様、スケベな妄想はその辺にしてください。押し倒しますよ」
それ怒ってるつもりなのかもしれないけど、俺にとってご褒美だからね。
ハーレムフラグが立っていないうちは誰ともそういう関係になるつもりはないけどさ。
ちょっと試しに驚かして見ようかな。
「じゃあ喜んで」
胸を広げてみた。
「・・・・・・ハル様が見境のないスケベエなのは知っておりましたが、冗談が通じないのも困ります。いつか刺されないといいですね」
アリアさんの言葉のナイフは俺のクロムオリハルコンボディでも防げなかった。
痛いよう。
《馬鹿ですね。死ねばいいのに》
相変わらず容赦ねえAIだ。本当なんでろくな自我が芽生えてないの?
俺本当に心がバッキバキに折られてるんだけど。
さあ気を取り直して店に立つ。
「いらっしゃいませ」
騎士団の格好した女性達が店内に入って来た。顔を赤くして恥ずかしそうにしているので、俺は目線でノノに合図。
こういう場合は男性である俺が対応するより同じ女性が相手した方がいいのだ。
「いらっしゃいまっせー。何かご入り用ですか?」
「え、ええまあ。あの、女性用下着があると聞いたもので」
「ありますよ!」
スパーン!
思わず叫んでしまった俺の頭部に軽快にスリッパが叩きつけられる。それって応接室に常備してるやつだよね?
殴った本人であるアリアを睨むが、本人は悪びれた様子も無く、むしろ冷ややかな顔で、
「ハル様ちゃんとしてください」
「はい」
ノノも俺を一瞬睨んで女性客を連れて下着コーナーに入っていく。下着は見えづらい場所にあり、周囲の買い物客の視線を気にせず選べるように工夫がされている。
「あ、そう言えば下着の陳列の確認を」
「私がやったのです!」
えへんと、ポーションを陳列していたネネちゃんが小さな胸を張ってくる。
あら、残念。スリッパ構えるアリアさんから逃げるように俺はカウンターに入り突っ伏す。
「ハル様、下着の会計を狙って待ち構えるの止めてください」
「バレた?」
「バレバレです。バラバラにしますよ?」
俺の策略は悉く従者達に阻まれる。なんだよ。俺の企みじゃなくドーナスの企みを阻止して欲しいなあ。
てかバラバラって・・・・・・
落ち込みつつもめげずに店内のディスプレイを掃除しながら暇を潰していると、店の扉が開く。
とても清楚な女性である。修道服にも似たドレスのような衣服に軽装具と杖。
冒険者の中でも魔導士系の女性だろう。
「いらっしゃいませ。クリスタ魔像細工店へようこそ。何かご入り用ですか?」
俺が反応するよりもアリアの方が早かった。くっそー。
「えと、オーダーメードで装備を作って貰えると聞いたのですが」
「ええ。うちの魔導細工師であるハルベルト様は“腕だけ”は国内でも随一ですので」
あれ、今腕だけって言わなかった? 俺の評判駄々下がりになるから止めて欲しいんだけど。
「そうなんですか! では魔法付与されてる指輪と剣を作って欲しいんですけど」
「それではこちらのテーブルへどうぞ」
アリアに受付用のテーブル席に案内されたブロンドの女性は、目を輝かせながら店の中を見回す。時折、光沢のある真っ白な丸テーブルを触ってみたり、ソファーの座り心地に驚いたりと忙しそうである。
一度そばを離れていたアリアが紅茶と茶菓子をトレイに乗せて戻って来た。
その行き届いたサービスに女性はメロメロになっていたのは言うまでもない。
「早速ですが、機能とデザイン、そして使用される素材についてハルベルト様がお伺いしますので、見積もりはそれからとなりますがよろしいですか?」
「はい! お願いします」
俺は自作の鉛筆と画用紙を持って女性の対面に座った。
その隣にはアリアが座る。彼女が持っているのは俺が予め作成した見積もり用紙である。
「えーと、それではまず剣と指輪についてなんですけど、どういった効能をおもとめですか? 肩こり腰痛に効くとか」
スパーン!
「ちゃんとしてください」
「へーい」
スリッパで叩くの止めて欲しい。特に綺麗な女性の前だとイケメンレベルが暴落しちゃうから。
「それじゃまずお名前と連絡先とスリー・・・・・・じゃなく、希望の魔法を」
危ない危ない。スリッパで叩かれるところだったよ。
「名前はココナ=フリューゲルです。連絡先は冒険者ギルドにレメげトンというパーティーで登録しております。希望の魔法は剣が炎で、指輪は回復ですね。出来れば何度か使える物がいいです」
ふむふむ。冒険者ですか。俺は彼女の話す特徴を漏らすことなく絵に描き起こす。
「うわあ。こんなに綺麗に描写できるなんて凄いですね! まるで本物がそこにあるみたい! 素敵です!」
思わず手を握ってくれたココナさん。俺は感動のあまり固まってしまった。うん。今日は手を洗わないぞ。
こほんと咳払いするアリアは見なかったことにしよう。
「いらっしゃいませえ。あ、トリスどうしたんだい?」
俺達の代わりにカウンターに立っていたルリルリがヴェアトリスの来訪を伝えてる。お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ?
「取り込み中? また出直しますが?」
「大丈夫だよ。そこでお茶飲んで待っててよ」
「わかりました」
相変わらず人前では猫被ってるなあ。周囲の客が聖女の来訪を驚きつつ、敬愛の視線を送っていた。
やはり異世界の宝塚と言うべき、礼儀作法からあらゆるものを叩きこまれている聖女は、紅茶を呑む姿も絵になる。
まあヴェアトリスの場合は、聖女候補時代は全く礼儀作法なんか覚える気すら見せてなかったけど。今じゃ三大聖女のノルンの一人だ。
人って変わる者だなあ。
話は戻り、現在ココナとの商談中。彼女のあどけない顔が何だか魅惑的である。間近で見ていると、ブロンドヘアーの似合う日本人みたいな顔立ちだった。
「えと、材料はオリハルコンでお願いしたいのですが」
見惚れていたのが彼女の言葉で意識が戻る。あぶないあぶない。勝手にテンプテーションだよ。
「うおほん・・・・・・オリハルコンは全部にですか?」
咳払いで誤魔化す俺だがアリアにはすっかりばれていた。
「刃にだけってできますか?」
「できなくもありません。ですが他の刃だとさほど問題はないのですが、オリハルコンの場合は極端に硬度や魔力付帯性が高く、この柄に収まってる部位で、柄部分を破壊してしまう場合がございます」
そう稀にあるのだが、力任せに硬い敵を切ろうとして、その衝撃が脆い柄に行く場合がある。
なのでオリハルコンほどの硬度強度を有するものは、柄も同じオリハルコンの方がいい。
「そうですか。でも金額はどうなりますか?」
俺は思考内でアイテムストレージを確認する。幸いオリハルコン自体の在庫は1トンある。
だが、なるべくなら発掘できる場所を発見しておきたいよなあ。
「剣で70万ベルクですね。今回初回ということでデザイン料は含まれてないんですけど、流石にオリコンシリーズの中でも最低ランクの金属とは言え別格ですから」
「そ、そうですよね。でも大丈夫ですお支払できます! あの、指輪と合わせるといくらになりますか?」
「こちらは数度使うくらいであればミスリル製で代用できます。価格は15万べるくですね」
「それじゃあ85万ベルクをいつお持ちすればいいですか?」
「そうですね。出来た頃にギルドに連絡差し上げますので、今度取りに来られるときにお願いします」
「わかりました。それじゃあよろしくお願いします!」
にこやかな笑みで彼女はぺこりと頭を下げて、改めて俺の手を握ってくれた。
うん。今日はやっぱり手を洗わないぞ。
店の外まで彼女を見送った後、俺は画用紙をアリアに渡してヴェアトリスのいるテーブル席に向かう。
「今日はどうしたんだ?」
ヴェアトリスは突如顔を近づけて来たので俺は思わず目を閉じて唇を突きだした。
スパーン!
「ごめんなさい。貴方が変なことしたらこれで叩いていいってアリアさんが話してたから」
容赦ない突っこみありがとう。どこまでも俺に容赦ない女性ばかりだ。
「真面目な話、貴方ドーナスに喧嘩売ったでしょ? 王国から直接私とヴェルに問
い合わせが来たわよ」
「なんでお前に行くんだよ」
「貴方の店を紹介したのは私とヴェルですから。当たり前じゃないですか」
なるほど。それで心配してくれてるわけだ。ツンデレさんめ。
「大丈夫だ。目立った嫌がらせは受けていないし。どうせ首しまってるのはドーナスだし」
「本当に? 塩だってかなり値を下げて販売してるのよ?」
「まあその気になれば俺は1ベルクで売れるぜ。そうすれば塩のプライスブレイクが始まるからやらないけど」
「まあ、貴方のことだから大丈夫だと信じたいですけどね。でも絶対どこかでドジしそうですし。お願いだからもう危ないことはしないでくれますか?」
「心配するなら、ほら、アレだ。これをつけて部屋に来てくれ」
俺はポケットから黒の布きれを渡す。
「・・・・・・はあ。てめえふざけんなよ!」
素のタイラント・ラトレーに思い切り引っ叩かれ俺は椅子から転げ落ちた。いや、このクロムメタルボディの俺を椅子から転げ落ちさせるなんてすげえーぜ。
ぷりぷりと怒って店を出て行く彼女の姿を床の下から眺め見送った俺。
「なんだよ、結局黒のレースかよ」
真っ白な床に滴り落ちる赤い液体が、俺の興奮度合いを物語っていたのは言うまでもない。
◇
アルドブルクの下町中心部にあるドーナス商会の屋敷。
年代的にも古い建物だが、それなりに格式を重んじた家に似つかわしく、荘厳な雰囲気を滲ませていた。
その屋敷の主であるブリジットは、応接間にて一人お女性を迎えていた。
「ヴェロニカ様、ご婚約の件、どうか考えて頂けましたでしょうか?」
筆頭聖女という肩書を持つ前から、そう候補生時代から彼女は国内でも有名だった。貴族のみならず富裕層の誰もが喉から手が出るほどの美しさと実績を兼ね備えた女神。
それがヴェロニカ=ヴァレンタインである。
完璧なまでの美貌とクールな性格に、|血まみれのヴァレンタイン《ブラッデ
ィ・ヴァレンタイン》という異名に相応しき実力。
その虜になった者達の一人がブリジットであった。
彼女達聖女はハルベルトの以前の世界で言えば宝塚のようなもの。礼儀作法から始まり家事全般などが叩き込まれている。
それはこの国の風潮によるもの。
貴族でもむやみに使用人を多く抱えないのだ。それは家のことは妻が見るからである。
いわばメイド長な役割をするのだ。
格式ばった家では聖女を嫁に迎えると言うことは一種のステータスであり、優れた遺伝子を家に取り込めるチャンスでもあるのだ。
だがそんな常套を抜いても、ヴェロニカは誰もが欲しがる逸材に他ならない。
「考えました」
「それでは結婚して頂けると言うことですね」
「いいえ。私は他に好きな人がいますのでお断りさせて頂きます」
実にあっさりとした答えだった。
無表情かつ無感情な声。その美貌から放たれる実に端的な台詞は、ブリジットの心を揺さぶるのに十分だった。
「な、もしかしてテルマイエ公爵ですか! それともルーファウス伯爵ですか!」
色々な有力な貴族達の名前を上げるも、ヴェロニカは誰にも首を振らなかった。
「そうですね。私の好きな人はしぶとい人です。もっと具体的に言うならば、私もこう見えて乙女なんです。綺麗なお風呂を使用したいし、お手洗いだって綺麗なお屋敷に住みたいし、何より一緒にいて楽しい方がいいのです。きっと貴方が彼と張り合っても私の心は彼から離れないでしょう。だって彼のいいところも駄目なところも含めて全部が好きですから。それでは」
そう言ってヴェロニカは静かに立ち上がり、一礼すると屋敷を出て行った。
後に残されたブリジットは怒り任せにテーブルを蹴飛ばした。
「ドーナス様」
怯える声が応接間の入り口から聞こえ、ドーナスは静かに怒りに塗れた顔を向ける。
「なんだ」
「言われた通り、あの店に行ってきました」
「そうか。で、言った通りにしたんだろうな?」
「はい。ちゃんと仰せのままに。ですから上手く行った時には必ず母のペンダント返してくれるんですよね」
「勿論だ。わかったらとっといけ。しくじるなよ」
「はい」
終始震える声だった女はすごすごとその場から姿を消していく。
《随分と苛立っているじゃないか。そう言う時はあの女でも慰み物にすればいいじゃない》
ドーナスの思考に何者かの声が響く。それは男のようで女のような声。
同時に応接間のカーテンからするりと現れる影。
「ふん。ヴェロニカと比べたらその気もおきんわ。それよりもヴェロニカの気になる好きな男とは誰だ?」
《さあね。流石に聖女はガードが堅くてね。読めないんだよ》
「ふん。まあいい。時期にクリスタの店も終わりだ。レーゲン侯爵に帰ったら伝えてくれ。懸念材料がもうすぐ消えるとな」
《果たしてどうかな。レーゲン侯爵はそう考えていないから僕をよこしたんだよね》
「案ずるな。塩も武器防具の販売も封じた。奴は交易ルートすら持っていない素人だぞ?」
《・・・・・・わかってないなあ。持ってないのと持つ必要が無いのは違うんだよ? 短期間で彼が店をオープンさせ大成功させた手腕を君は過小評価しているようだね。さて、君の有り余る財力と彼の商才、果たして先に潰れるのはどっちかなあ》
言いたいことだけ言って姿を暗ました謎の存在に、ブリジットは静かに歯噛みするのだった。
(見透かしたようなことを。せいぜい笑っているがいい。勝つのは私だ)
段々スケルトンがスケベトンとして成長していく中、ガールズも容赦なくなっていく。果たしてハーレムはいずこに・・・・・・