第六話
「伊織のおかげで何人助かったか分からないからな」
歌というのはかなりの力を秘めている。俺はネフェティアに来てその言葉をいやというほど経験した。
ネフェティアに住み始めて直ぐのころ、生活の窮屈さに耐えられなくなり、ストレスから暴力的になる人が多発した。
今までとはかけ離れた生活スタイルは人に耐え難い苦痛を与えていた。それを救ったのが伊織だった。
伊織が一切の音響機器を使わずに、町の中心で歌い始めた結果、人々の暴動は次第に治まっていった。
そのまるで魔法のような光景を、俺は頭の中に深く記憶している。
それに倣い、今では週に一度町の放送で伊織の歌を流しているほどだ。
「明日から練習で夜帰ってこないんだっけか。楽しみって言えば楽しみだが、俺その日警備の仕事だからコンサート見れないんだよ」
総樹はがっくりと肩を下ろした。
「有名人を守るんだから名誉なことじゃないのか?」
「守るって言っても会場の入り口に立ってるだけの仕事だし、会うなら同じ宿舎に住んでるんだから別にどうこうするあれでもないだろ。コンサートってのに付加価値があんだよ。だから俺としてはその前にあるスポーツ大会の方が……おっと、そろそろ巡廻の続きをしないとな」
総樹は腕時計で時間を確認した。俺もそれを覗き込むと時間は九時半を回るところだった。
「見回るエリアがあるからそろそろ行くわ」
「あぁ仕事がんばってくれ。因みに今日の夕飯は恵理も一緒になるみたいだから」
「確かに何日も帰ってきてねえな。さては連れ帰って来いって桜にでも言われたか」
「当たりだ」
「ハハ、お前も頑張ってくれよ。伊織も明日からいないんだから今日が久しぶりの全員集合での夕飯になるんだからな」
総樹ははにかみながら敬礼をし、人ごみの中へと歩いていった。
さて、俺も勉強すると決めたからにはやらなければならない。
ひとまず俺はネフェティアで唯一の図書館へと向かった。図書館は北西部にあり、教育の本部つまり学校の校舎と研究の本部の間に位置している。
両者とも本を活用すると言う事で、ちょうど良い位置関係だ。
娯楽の少ないネフェティアにおいて、読書というのはもっとも人気のある趣味の一つである。
よって休日を過ごす人間は家で寝ているか読書をしているかという割合が多い。今日も多くの人が図書館を利用していることだろう。
俺は図書館前にある広場を通る。広場は青々とした芝生が敷き詰められており、中央部分は噴水を中心に段差を含んだすり鉢状になっている。
またコンクリートで出来たベンチなどもあり、休憩場所に適している。
よく幼稚園の生徒などが遊んだり、昼休みには弁当を持ってきた学生で賑わっている。
俺は広場に設置されている巨大な壁にボールを蹴っている数人を見やりながら、図書館へと入っていった。
図書館の外見は大きな筒状になっており、その円周にあたる部分の内部に多くの本が敷き詰められている。
蔵書は七五万冊以上あるとされ、多岐にわたるジャンルが収められている。生活している人数よりも本の方が遥かに多い。
図書館独特の静かにしなければいけない空気を肌で感じながら、俺は館内に流れるクラシック音楽を聴き、視聴覚室を目指した。
昼食まで二時間ほどだが、集中して行おう。




