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第七十六話

「それでえーっと」

「あ、申し遅れました。僕は勇斗と言います」

 俺の意図に気付き、青年が自身を指差して名乗る。

「勇斗、で良いのかな?」

「はい、姓も合わせれば八神勇斗と言います」

 よく、聞き取れなかった。

「ごめん、もう一度言ってくれる?」

「え、ですから八神勇斗です」

 青年、八神勇斗は俺を見て怪訝な顔をする。俺としても、彼を怪訝な顔で見た。

 さきほども思ったどこかで見た事がある顔、頭の中で引っかかって上手く出てこない。

 その時、ちょうどアロマキャンドルのガラス瓶に映った自分の顔が目に入る。長らく旅をしていたためか、髪はぼさぼさになり風貌は全く良く見えない。そもそも本当に自分の顔なのかと疑ってしまう。男子三日会わざれば、というのは何も見た目の話ではないが、そう思えてしまうほどの変化だった。

 しかしこれだ、と俺は思った。彼を見て俺が連想したのは長らく見ていない、自分の顔だった。ネフェティアを旅立つ時、鏡など持たなかった俺は自身の顔すら忘れてしまったという事か。

 そしてこの事実が俺に一種のインスピレーションを与えた。

 町の名前、そして俺に似た面影を持つ青年。そして極めつけは、去り際の博人さんの残した言葉。


         東へ向かえ、そこにこの世界の未来がある


そして彼はこうも言っていた。

 

         そこで何をすべきかを悟るだろう


「そういう……事か」

「え、何がですか?」

 全てを理解した俺の呟きに勇斗は怪訝な顔を続ける。

「いや、なんでもない。それと俺の名前は……瀬博人だ」

 俺は本名を名乗らなかった。名乗れる筈が無かった。もし俺の推測が正しいのならば、八神麻斗と言う人物はこの八神勇斗という青年の先祖に当たる人間になるからだ。

 ここは正真正銘、未来のネフェティア。一体俺が生きていた時代からどれほどの時が流れたのか知らないが、博人さんの言葉を借りるのならば、全ての災厄を乗り越え、輪廻を断ち切った世界。博人さんが言っていたあの世界とはこの事だ。

 博人さんの名前は、その存在の消失と共にネフェティアから消え去ってしまった。俺以外の誰の記憶にも、瀬博人と園という人間は存在していない。博人さんはこの世界では抹消された存在だった。

 そんな博人さんが残した言葉、俺は確かに自分が今何をすべきかを悟った。

 そしてその手がかりとなるのは……水だ。

「突然だけど勇斗。さっき俺に渡した水、あれって水道水か何かか?」

「え? いえ、違いますよ」

 突然話を始めた俺に、勇斗は戸惑いながら答える。勇斗からしたら俺はこの世界を知らない闖入者。当然の反応。逆にネフェティアの対応で言うなれば俺の立場は牢獄に監禁されていても文句は言えない。

「あれは井戸を使ってくみ上げた地下水です。この町の近くには湖があるんですが、人体に悪影響を与える恐れがあるので、もっぱら地下水を生活水として使っています」

 やはりそうだ。この世界は俺が手も足も出なかった困難を乗り越えて、この場所に存在している。

「湖の水が悪影響という事は、何か病気にでもなるのか?」

「えぇ、そう言った話を聞いたことがあります。もっともほんの僅かなものなので、飲み続けなければそれほどの害にはならないらしいですが……何故それをお聞きになるんですか?」

 俺は何をすべきか理解はした。

 病の原因はやはり飲み水であった。感染した者は皆湖からくみ上げた水を拒絶した。無意識かどうかは分からない。だが地下水を使うことによって、病を予防し、そしてもし発病してもしっかりと水分を補給させる事が出来る。あの困難を打開する事が出来る。

 沈黙する俺を警戒する様に勇斗が一歩身を引いた。仕方ない事。ここで下手な行動をすれば勇斗は俺を取り押さえ、本当に牢獄行きになってしまう。

 だがそれでもいいだろう。抵抗はさせてもらう。

 しかし、なるべく穏便に済ませたいのも真情だ。強行突破以外の方法は、俺に敵意が無いという事を勇斗に証明させる、もしくは過去から来た人間であると自白する事。そして最後の1つは……。

「そう言えば勇斗。この建物は何なんだ?」

「質問に答えてください。あなたは何故そんな事を聞いたんですか?」

 鋭く子孫に睨まれた。怖いね、全く。誰の血なんだか。少なくとも俺じゃないと信じたい。

 早速交渉決裂だな。最後の警告を含めて言う。

「まぁ落ち着け。この世界が閉鎖された世界で、外部から人間が訪れる筈が無いことを俺は知っている。知っていて話をしているんだ」

「なんだと!?」

 勇斗は飛び退り、俺から距離を取った。腰に手を添える。

「敵わないな。こんなところで抜刀して良いのか?」

「何故それを!?」

 俺の言葉に勇斗は一瞬動きが遅れる。図星のようだ、流石俺の子孫。どうやらあの力は死んだ記憶を持っていない者でも持つ事ができるようだ。もしくは遺伝するということか。

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