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第七十五話

 俺は目を覚ました。始めに感じたのは、頬に当たるシーツの湿気と冷たさだった。

 どうやら寝ながらにして俺は泣いていたらしい。それは泣くのも当然か。あの世界で過ごした日々を思い出した。あの世界の空気、人、思い。全て俺の頭の中に記憶されている。

 皆が死んでいく様子を俺は見ているしか出来なかった。伊織、恵理、総樹、桜、夕月、累、夢、鈴。皆、皆俺の目の前で死んでいった。

 もう失ってしまったあの世界のもの。二度と見ることが出来ない世界。悔やんでも悔やみきれない。後悔が後を絶たない。

 だるい体に鞭を打ち、俺は体を起こす。そして今自分がどこに居るのかを確認する。

 先ほど起きた時、俺は天井を見て宿舎を思い出した。その予感は言い得て妙だった。部屋の構造は俺の部屋と全く同じだった。

 しかし、部屋の様子は俺のそれとは異なり、どこか掃除したようで、無理矢理綺麗に見せたという感じが否めない。

 机の中に入りきらないほどの量の書類を乱雑に詰め込んでいるのがそう思える一番の要因だった。

 すると、鼻をある匂いが刺激した。一度ネフェティアの世界を救ったアロマの匂い。匂いの元は、机の上に置いてあるアロマキャンドルだった。

 それを見ている最中、ドアが開く音がした。

「あぁ起きられたんですね」

 同時に青年が一人、トレーの上に何個か茶碗を乗せて入ってきた。短い髪にどこかで見たことがある懐かしさを感じる顔。青年は危なっかしくトレーを片方の手で持ち、ドアを閉める。

「すいません、服のほうは汚れていたので今洗濯に出しています」

 そう言ってワイシャツを一枚差し出してきた。色々と混乱しているが、ちょうど寝汗をかいていたのでそれに着替える。

 ついでに差し出された水を乾いた喉に通す。ネフェティアの町の水は生臭さが気になったが、渡された水は真水そのものだった。

「これ、園って言う植物から作ったアロマキャンドルなんです」

 机の上にトレーを置いて、アロマキャンドルを指差す。

「園……?」

「ここでしか取れない植物なんですよ。鎮静効果があって、何かうなされていたようだったので焚いたのですが、もしかしてお気に召しませんでした?」

「いや……そうじゃない。ありがとう。そのままでいいよ」

 園と呼ばれた植物の匂いを、俺は鼻から面一杯吸い込む、一気に吐き出す。思考がクリアになり、気分が少し優れた。青年はそんな俺の姿を見て微笑む。

「おっと失礼しました」

 笑っていた事に気付いたのか、青年は軽く頭を下げる。友好的な人物の様でよかった。

 そしてそんな事に気付けるほど、俺の頭は落ち着きを取り戻した。

「大丈夫だ。それよりここはどこなのか教えてくれないか?」

 青年は一度頷き、立ち上がってから窓を開けた。俺の角度からは綺麗な青空が見える。

「ここは私たちがネフェティアと呼んでいる町です。呼んでいるというのは、この町の正式名称が誰も知らないという事であって―ってどうしました?」

 青年は窓の外から室内に視線を戻した…………のだろが、俺には見えなった。

 俺は顔を上げずに、ただ呆然とベッドを見つめていた。自分でもそうだと分かる。

 ネフェティア。その言葉、意味を俺はよく知っている。あの世界、あの不思議な世界の名。

 しかし――――。

「あの?」

「いや……すまない。何でもないんだ」

 俺は青年に対し、笑って返す。無理矢理の苦笑いになっているのが分かる。

 青年が言ったネフェティアというものが、俺の知っているものと同じであるはずは無い。俺の知っているネフェティアは俺の目の前で滅亡した。これは確かだ。

「止めてしまってすまない。それで、どうして俺はここに?」

「あなた、というよりはあなたを乗せた馬ですね。それが今朝町の入り口に立っていたんです。背中に乗せていたあなたはその時、気を失っていました」

 黒王号が俺をここまで運んでくれた。黒王号は皆死んでいったネフェティアで人間で唯一生き残った俺と一緒にあの地を旅立った。

「黒王号……その馬は?」

「残念ながら、僕が発見した時に既に息を引き取っていました。しかし、それにも拘らず彼は立ったままあなたを背に乗せ、私たちが発見し、あなたを引き上げたと同時に倒れました。随分疲弊していたようで恐らく、死してあなたをここに送り届けたのでしょう」

「黒王号が……」

 ありがとう、と心の中で呟く。

 黒王号は俺のために精一杯働いてくれた。果てしない年月の旅の途中、俺の記憶は途切れているが、その後も黒王号は俺を背に乗せ、走り続けていたに違いない。

 そんな黒王号に対して俺がしてやれることは嘆くことではない、感謝することだ。

「私も馬に乗っている者で、不謹慎かもしれませんがあそこまでの信頼関係は羨ましいです」

「いや、そう言ってくれるとあいつも誇らしいと思うよ」

 聞いていたら静かに鼻を鳴らしているに違いない。

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