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第七十話

 突然の原因不明の病。大量感染だった。

 伊織が倒れた後、観客であった人々がバタバタと何人も伊織と同じく突然倒れ、気を失ってしまった。

 当然コンサートは中止になり、発生した事態に対処すべく直ぐに原因究明のための対策本部が作られる。

 恵理を中心とした研究が主な原因とされるウィルスを探し出して根源の対策を練り、復帰した清陽を中心とする役所が人々の混乱を抑えるために尽力した。

 俺や総樹、桜や累も次々と倒れていく仲間たちを見ながら、被害縮小に全力を尽くした。

 今のところ具体的な治療方法が見つかっていない。それどころか感染した患者は奇妙なことに水を飲むと何故かそれは吐き出してしまうため、満足に水分を補給できず、それも症状悪化に拍車をかけた。それを元に、恵理や柳瀬医師らが様々な方向から治療薬精製に動いている。

 しかしその力空しく、感染源も何も分からない状況で事態が改善するわけも無かった。病人を搬入する場所が無くなり、宿舎をまるまる代用しなければならないほどになる。

 絶え間なく運ばれてくる人々。感染確認から二日目。ついに感染者は千人を超え、外出禁止令も出され病による事件では過去最大規模となってしまった。

 俺は第一診療所のベッドに横たわっている伊織の姿を椅子に座って見ていた。荒い呼吸、止まることを知らない汗。度々苦しくうめき声を上げる。状態が良くないのは一目瞭然だった。

 伊織だけではない。俺の周りは伊織と同じ症状の患者で埋め尽くされていた。

 何でこんな事に……。一体俺たちが何をしたというのだ。

 伊織の言うようにこの世界に意志というものが存在するならば、その意志は俺たちに何をさせるつもりなのか? 俺や伊織、清陽に不思議な力を授け、何をさせたいのか?

 世界を守ると誓って僅か数時間、俺たちに課せられた宿命とも呼べる問題に対し、俺たちは何が出来るのか?

 ネフェティアに存在する全ての治療を受け付けず、症状が良くなる兆しは一向に見えない。

「麻斗」

 不意に声をかけられる。傍に博人さんが立っていた。その表情には悔しさが表れていた。

「少し……話があるんだが、いいか?」

 博人さんは一度伊織に目を向けた。

「……はい」

 俺は思うところがあり、意を決して立ち上がる。博人さんと一緒に第一診療所を出た。

 博人さんはどこに行くのかも告げずに、俺の前を歩き先導する。俺も特に言及しなかった。

 時刻は夜十時過ぎ、月夜がネフェティアの町を照らしていた。着いた先は遊軍の本部だった。

 だがそこでも博人さんは口を開くことは無く、俺たちは無言のまま建物に入っていく。

 博人さんの部屋に入るとあのミントの匂いが鼻を突いた。ソファーには園が居た。

 しかし、いつものように憮然とした態度ではなく、伊織たちと同様にかなり弱りきった姿で横になっていた。呼吸も荒く、苦しいそうである。

「済まないが、今回俺は力になれない」

 博人さんは横になっている園の傍に座り、優しく園の頭を撫でる。変化した言葉遣いはそのまま、温和そうな口調から一転、厳しさを持った口調だ。

「もう気がついているのだろ? 今この世界に住む人々の意識の中から、俺の存在が消え失せている事に」

 救世主は動かなかった。だが誰も博人さんの許を訪ねようとするどころか、瀬博人と言う名前を口に出すものは誰一人としていなかった。

 その違和感に気づいた時、しかし俺は言葉に出す事が出来なかった。そんな不思議な事が、何の理由も無しに起こるわけが無い。そして先日の博人さんの言動、それはあたかもこの状況を予期しているかのような振る舞いであった。

「すまないがこれまでとは違って、今起こっている事態の対処法を俺は知らない」

 今まで皆が考え付かないような方法で世界を救い、唯一の希望とされていた博人さん。今、その表情は希望を宿していない、既に終わりを悟っているものだった。

 絶対的な自信を無くし、絶望している姿だった。

 俺は自分の中にある一つの考えを確信した。博人さんの言葉で確信した。

「あなたは……知っていたんですね? この世界で何が起こり、どうすればいいのかを?」

 博人さんは弱く微笑んだ。

「あぁ、俺はこの世界で起きる事を知っていた。お前が神隠しとして人々を殺してきたことも、不思議な力についても知っている。俺は最初からこの世界を知っていたんだ。だが―」

「もう、この先は知らない。そうでしょう?」

「その通りだ。俺が知っているのは清陽が壊れたままではいけないという事まで。あいつを治すのを最後に、俺のこの世界での役割は終わった。俺にはもう人々を救う力は無い」

 博人さんは言葉を続けずに自身の手を見つめ、握り締める。空しく拳は空を掴む。酷く悲壮感に溢れ、気持ちが沈んでいるのが分かる。言葉の続きは察した。

 分かっていた。博人さんにはもう、以前のような力が存在しない事に。

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