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第六十六話

 翌日の夜、伊織のライブ会場は今までに無い熱気に包まれていた。

 昨日あれだけ運動を行い、そしてこの日の昼間にあれだけ祭りを楽しんだにもかかわらず、今この場がもっとも盛り上がっていることを誰もが疑わなかった。

 初めてネフェティアに来た時に皆が集まった街の中央広場に作られた簡易ステージの袖裏で、俺は観客席の様子を見て思わず生唾を飲んだ。

 これまで何回かネフェティアの人々が集まった光景を見たことはあるが、今日はまた違った雰囲気を肌で感じている。それが一致団結した集団の迫力というもの、ここにいる全員が伊織の出番を今か今かと待ち遠しい気持ちを隠しきれていないように見える。

 もし俺が伊織の立場だったらどうだろうか、多分この雰囲気に呑まれてしまう可能性が高いだろうと推測する。

 俺はそんな熱気に包まれた会場を後にし、控え室なども兼ねている遊軍本部へと入っていく。一階の受付では椅子などを壁に寄せ、広いスペースを作り音響機器などのセットの最終チェックをしており、人々が忙しなく動き続けていた。

 俺はそのまま四階にある自分の部屋へと進んでいった。この建物には個室と呼ばれるものが代表と副代表の部屋ぐらいしかないため、俺の部屋を伊織の控え室として使うことになっていた。

 念のために一度ノックをする。

「はい」

 伊織の返事が中から聞こえてきた。

「俺だ、麻斗だ」

「あ、麻斗君!?」

 何故か分からないが、伊織は焦った言葉を発する。もしかしたら着付けの最中だったのかもしれない。

「あぁ悪いタイミング悪かったか。ただどうしてるかなって思って声をかけただけで、特に用事ってわけじゃないから気にしないでくれ。ライブ頑張れよ」

そう言って俺は踵を返そうとする。

「ちょ、ちょっと待って!」

 すると慌てて飛び出したようにドアから伊織が顔を出す。顔を真っ赤にしながら俺を見ていた。

「は、入ってきても大丈夫です……はい」

「お、おう。そうか」

 妙に緊張した表情の伊織に思わず顔が引きつってしまうが、招かれるまま部屋に入る。

 いつも仕事で使っている自分の部屋ではあるが、大量の書類と本がごった返しているいつもの部屋とは違い、様々な衣装や装飾品が埋め尽くしており、なんだか知らない部屋に来た様に錯覚してしまう。

「あ、ごめんね。ここ麻斗君の部屋なのに色々持ち込んじゃって」

「いや、提供したのは俺だから謝ることはないよ。まぁここまで雰囲気変わるとは思ってなかったけどな。うん、それにしてもよく似合ってるな」

 俺は伊織の着ている衣装を見て頷く。青いドレス調の衣装だが生地は布のようであり、花の柄なども考えると見ようによっては派手な着物、と捉えることもできるデザインだ。

 そして同じ柄の小さなシルクハットを頭に乗せた可愛いアイドル、といった姿だ。

「ほ、本当!?これ私がデザインしたんだけど変じゃないかな!?」

「うんよく似合ってる。かわいいよ」

 幼少の頃より教えられてきた処世術の中に、女性はまず服装を褒めろ、というものがあるが、例えそれを学んでいなかったとしても俺は伊織を可愛いと言っただろう。もっとも、ここで尻つぼみにならずにすんなりと可愛いと言えたのは、その処世術を学んだからに他ならないが。

「可愛いって……あ、ありがとうございます!! 本当に嬉しい!!」

 照れたように顔を赤らめながら、伊織が頭を下げる。可愛いという賛辞なんてアイドルをやっていた時に何回も受けているだろうに何故そんなにも大げさに感謝されるのか俺にはよく分からなかった。

「それで、とうとう本番だけど今の気持ちはどうだ?」

 追求するもの変なので話題を変えてみる。

「緊張はしてるよ。でもそれ以上に嬉しい。こんなにも私の歌を待ち望んでくれる人がいる事が私にはとっても嬉しい」

 伊織は満面の笑みを見せる。余計な気負いもない、いい笑顔だ。

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