第六十五話
「私はね、これは世界の意志が私に与えた力だと思うの」
「世界の意思?」
「うん、この世界をこれからも続いていくための力。それと、もしかしたらこの世界がいつも困難に見舞われているのって、きっとこの世界の意思が試練を与えているんじゃないかとも思うの。だから私たちはいつでも協力して、その困難に立ち向かわなくちゃいけない。麻斗君、言ってくれたよね。私にできないことを麻斗君が、麻斗君にできないことを私がやる。そうやって協力していくんだって。私は私の出来ることをやる。麻斗君の言ってたこと、理解できたかもしれない。だから、改めて私から言わせてね」
伊織は真っ直ぐに俺の目を見る。黒曜石のような黒い瞳が俺を捉える。吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「私と一緒に居てくれませんか?」
固唾を飲んだ俺は呟く。
「プロポーズみたいだな」
「……………………えっ! あぁ! いや、ちがっ! そうじゃなくて! そんなんじゃなくてね! えと、えっとね、これはね!?」
ポカンとした顔をした伊織は、しかし直ぐにカァ―と顔を真っ赤に染め、先ほど同様目を回し、ブンブン手を振る。反応が顕著で、見ていて楽しい。
「一緒にこの世界を守ってほしいって言うか、いやもう麻斗君は十分守ってくれてるんだけどね。でも、その……」
「分かってるよ」
振っていた伊織の手を握る。さらりとした絹のような肌は心地よかった。
「俺は、お前の力になりたいんだ」
「麻斗……君」
潤んだ瞳で、伊織は微笑み。俺の答えを純粋に喜んでくれている。
歌手は歌を歌うことで人々を幸せにすると聞く。そう言った意味で、伊織は正真正銘ネフェティアの平和の象徴である歌姫だ。心が動かされないはずが無い。そしてそれは俺だけではない。
「ついでにお前等もだからな」
「えっ?」
俺は枕を手に取り、ドアへと放り投げる。途端、ドアがバタンッと閉まる音が部屋に響く。
「五秒くれてやる。正直に出て来い。五」
「いや、もうすんませんでした」
「そんな怒んないでよ」
「お、お二人が何をしているのか気になっただけです」
「深夜。同じ年頃の男女。1つの部屋。男はベッドの上。……ちょっと興味があります」
総樹、夕月、桜、累があっけなく入室。
「因みにいつから気付いた?」
「俺が夕月を馬鹿って言った後辺りから。急に肌寒くなったからなんとなくだが。因みにお前らはいつからそこに?」
総樹の問いにわざとらしく眉間に皺を寄せて答える。
「伊織が麻斗の部屋に入るのを確認してからだね」
「それってもう最初っからじゃない夕月!あうぅ……」
伊織は恥ずかしそうに手で顔を覆った。耳が真っ赤に染まっている。
「大方、声だけじゃ我慢できずに中も見たいとか夕月辺りが言い出したんだろ?」
「違うんだなこれが!確かに覗きは私だが、中を見る言い出しっぺは累なんだなこれが!」
「覗き提案した時点で大罪だアホ」
夕月の言い回しがうざったい今日この頃。
累に目をやるが、既に彼女は恥ずかしそうに赤くした顔を背ける。意外に場の空気に合わせて意見が言えるほどの積極性があるようだ。
友好的に接する事が出来ているって事でいいか。説教する気になれない。
「ったくじゃあお前ら、覗いてた責任として」
「手伝えって言うんだろ?」
「そんな事当然じゃん!」
「わざわざお願いされることでもありませしね」
「も、勿論ですよ!」
四人全員が、力強く微笑む。そう答えてくれることは分かっていた。だからこそ、俺も4人が覗き見しているのを分かっていながら、それを止めさせなかった。
「伊織」
両手で顔を覆っている伊織は、恐る恐るながら指の間からこちらを覗く。
「守ろう、皆で。この世界が、いつまでも平和で居られるように」
精一杯の笑顔を浮かべ、語りかける。お互いに様々な境遇を経験した人間同士。個々が持つ力は少ない。出来ることは少ない。だが、協力すればきっと。
「はい!!」
伊織の目から流れた大粒の涙が、手を伝っていった。
そうだ、これから俺たちはこのネフェティアを守っていく。これまで幾度と無く滅亡の危機にさらされながらも生き残り、生活してきた。
これからもそういった危機はネフェティアに降り注ぐ。犠牲も出てしまうかもしれない。人が死ぬかもしれない。
しかし、俺たちは全力で世界を守る。この世界の未来を守る。いつか、平和な世界が訪れるその日まで。
そう、俺たちは誓った。
この数時間後、不足の事態に陥ることになろうとは、誰も予想できなかった。




