第六十二話
「それじゃお前宛に届いた物って」
「私が……送りました」
俺の言葉の先を、先ほどまで泣き崩れていた累が続けた。そして殺そうとした者、殺されようとした者。その両者の視線が交わる。先に逸らした、目を閉じたのは総樹だった
「なぁ麻斗。一つ、頼みがある」
「なんだ?」
「俺を殺してくれ」
総樹の言葉に、俺以外の三人が目を丸くする。俺は……何となくそう言われる気がしていた。
俺は立ち上がり、左腕を振る。眩い光が迸り、左腕に刀が握られる。伊織には一度見せた事がある、この世界から排除する力。その刀を総樹の首筋に添える。
伊織以外が息を呑む。
「待ってください!」
その緊張した空気の中、張った声を出したのは累だった。立ち上がり、不安そうな眼で俺を見る。数秒視線を交えた後…………俺は刀を引いた。
覚悟を決め目を瞑っていた総樹は、ゆっくりと目を開ける。
「……私はあなたが憎いです」
総樹に目線を移し、告げた累の顔は苦しそうだった。
「あなたたちが危ない人だとは分かっていた。大丈夫だってお姉ちゃんは言っていたけど、私はそんなこと全然信じられなかった」
言葉は震えていた。まだ僅かに残る涙声で、訴えるように言葉を吐く。
「結局私の言った事は当たった。お姉ちゃんは二度と笑ってくれなくなった。私の名前を呼んでくれなくなった」
二〇一一年の大晦日、俺たちの最後の記憶。その時、累は絶望を感じていた。どうしようもない現実を突きつけられたのだ。
「桜からあなたの話を聞いた時、しばらくまともに生活が出来ませんでした。あなたがこの世界にいる。それだけで私は自分が抑えられないくらいあなたを憎んでいることを知りました。そして何とか我慢して生活している中、その桜が学校に来なくなった。その時清陽さんが私に言ったんです。あなたたちが桜を追い詰めたんだって。私は思わずあなたと私のことを話しました。すると清陽さんが力を貸してくれるといったんです」
つまり清陽が総樹たちの関係を知ったのは偶然か。桜の友達として累を唆したところ、思わぬ偶然が引き起こったのだ。
「でも全てが終わった後、私は自分が何て事をしたのかと我に帰りました。私は人一人の命、それを奪おうとした。憎しみから……人を殺そうとしている自分が恐ろしくなりました」
再び累の肩が震え出した。言葉はより弱くなり、微かに嗚咽が聞こえる。その姿はとても人一人を殺そうとした度胸があるようには見えない。
良くも悪くも、人を殺すには心の強さが必要だ。それが憎しみであれなんであれ、命を奪うと言うのは並大抵の精神では行えない。そして累にはその強さはない。ただの少女、どこにでもいる内気な少女にその覚悟を背負うことはできない。
己の業を泣きながら吐露する累に、総樹は何もしなかった。声をかけるわけでも、そっと肩を抱いてあげるわけでもなく、ただじっと累のことを見つめていた。だからこそ、部外者である俺たちも口を出す事はなかった。
「私はあなたが憎い。でも……私にはできない」
嗚咽で呼吸が乱れる中、累が言葉を紡ぐ。
「なぁ累」
それを見て発した総樹の言葉は静かなものだった。
「お前もここに住まないか?」
「えっ?」
総樹の言葉に累だけでなく、全員が耳を疑った。
「お前のその気持ちはちょっとやそっとじゃ整理がつかないだろう。俺はいつでもお前の審判に従う。だから、その時が来るまで俺をお前の傍に置かせてくれ。そして……決めてくれ」
憎まれ続けること。それが総樹の罰であり、そして唯一の救い。それを自己満足という言葉で片付けるのは簡単だ。だが、死ぬことさえ許されなかった総樹にはもうそれしかできない。
総樹は同居人である俺たちに目を向ける。俺も伊織も、そして恵理もその判断に異論はない。
「分かり……ました」
累の中でどんな葛藤があったかは分からない。
だが、確かに累はそう答えた。




