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第五十九話

「恨むんならあいつを恨むんだな!」

 後頭部を打ち付け、視界が瞬いている俺には何が起こっているのか。認識はできても反応はできなかった。

 ただ、自身が命の危機に晒されている。それだけは理解できた。

「止めろッ!」

 総樹の叫び声が聞こえ、ようやく視界がまともになる。そして、まともになった視界に映ったのは、今にも俺の顔に振り下ろされる刀と清陽の狂った笑みだった。


「――――」


 死期を悟り目を瞑った俺は、しかし自身の意識がまだ連続していることに気付く。

「何故だ! 何故僕の力が消え――グフッ!」

 苦痛の声と共に俺の上に乗っている重圧が消えた。

「大丈夫か麻斗!」

 続いて総樹の声がし、俺の体を抱き起こす。

 一体何が――っと、そこで俺は先ほどから何かが聞こえていることに気づく。

 それは音、そして声、旋律。つまり歌だ。

「……伊織」

 俺の目の前には伊織の姿があった。胸に手を当て、言葉を音に乗せて歌っている。その歌声は心が洗われる、全てを包むような優しさを持っていた。それが伊織の持つ力、荒波をも一瞬で鎮める、奇跡の力。おそらく、これによって清陽の力も効力を失ったのだろう。

 やがて伊織は歌声を小さくしていき、俺に笑みを向ける。

「私、力になれたかな?」

「あぁ。伊織は俺の命の恩人だ」

「良かった」

 総樹に支えられて立ち上がり、俺も出来る限りの笑みを返す。だがそう和やかではいられない。俺は総樹から離れ、地面で蹲っている清陽の元へ進み出す。だがそこで総樹が俺の腕を掴む。

「止めるな総樹! こいつは危険なんだ! これ以上野放しには出来ない」

「本当に……それしか……ないのか?」

 辛そうな眼で総樹が俺を見る。もうここまで来れば説明されなくとも総樹は理解しているだろう。俺が神隠しの実行犯であること、まさに今その神隠しが行われようとしていることに。

 伊織は目を背けている。伊織は分かっている。全てを受け入れているのだ。

「これしかないんだ。ここで消すしか方法は―」

「それは、どうかな?」

 その場に、新たな声が発せられる。陽気な、どこか憎めない声。

「博人……さん?」

「やぁこんばんは、みんな」

 博人さんは声と同じように陽気な笑みと共にその場に姿を現した。まったく気配を感じなかった。まるでこの場に瞬間移動したように唐突であった。

「どうして……ここに?」

「どうしても何も、君を止めに来たんだよ。悪いけど清陽は殺させる訳にはいかないんだ」

 驚く俺たちを尻目に、博人さんはノックアウト寸前の清陽に近づく。そして取り出したハンカチに何かをつけるとそれを清陽の口に当てた。

 一瞬、清陽は魚のように跳ねる動きを見せるが、それの後動かなくなった。同時に嗅いだことのあるミント臭が鼻をついた。そしてその行為を百合子さんにも行う。

「博人さん、一体何を? それにこの匂いは博人さんの部屋の?」

「正解だよ伊織君。何、ちょっとした下準備だよ」

 満足そうに答えを返した後、博人さんは俺に目を向ける。

「申し訳ないけど彼らは僕に任せてくれないか?」

「どうするつもりですか? そいつは!」

「彼らの罪についても僕は知っているし、君の言いたいことも僕は理解している。だけどここは僕に任せて欲しい。決して君を裏切る結果にはするつもりはないよ」

「……詳しく説明してください」

「うん、それがね。僕もちょっとこれに関しては自信が無いんだよ」

 そこで博人さんは力弱く笑った。今まで自信満々で世界を救ってきた博人さんだけに、これは少し予想外だった。

「何せ今回が初めてだからね」

「それは……どういう?」

 今回が初めて?

「あぁいや、こっちの話だ。気にしないでくれ。ともかく、この件は僕に任せて欲しいんだ」

「詳しく説明はしてくれないんですか?」

「申し訳ないけど、事が終わるまでは何も話せないよ。それもいつ終わるか分からないけど」

「…………」

 怪しい。何かが、というよりすべてが怪しい。だが―

「……分かりました」

「麻斗君!?」

 俺の決断に伊織が声を上げる。神隠しとしての俺の決意を知っているだけに、それも無理はない。

「良いんだ。他ならない博人さんの頼みだ。俺には考えられない何かがあるのかもしれない」

 俺は宥めるように伊織に笑みを向ける。しかし、直ぐに俺は博人さんを見る、睨む。

「だけど博人さん、これだけは言わせてください。あなたの事は尊敬もしているし、信頼もしています。だから今は何も聞きません。でも、あなたの言う事がただの狂言だった場合、俺は清陽だけでなくあなたもただで済ますつもりはありません」

「うん、分かっている。どの道これが最後になるんだ。心得ておくよ」

 すると博人さんは何か悲しげに微笑む。しかしすぐに得意の朗らかな笑みで俺の威圧などあっさりと受け流し、倒れている清陽を背中に担ぐ。

「これから僕はちょっとした作業に入る。終わるまで殆どのことに手がつかなくなるだろうから、遊軍の仕事は君に任せたよ。あぁ総樹君、百合子君を一緒に運んでくれるかい?」

 博人さんの言葉に戸惑いながら、総樹は気を失っている百合子さんを抱え、二人は静かなネフェティアの町へと帰っていった。

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