第五十八話
「何であんたは突然人を殺し始めた? 何が理由だ?」
俺は再度清陽の肩に刀を添えながら問う。
「そんなもの、決まっているだろ。この力、人を殺せるだけの力の使い方なんてたかが知れているだろ! 僕が一番偉いんだ! だから全員僕に従うべきなんだ! 逆らう奴らは殺す、それの何がいけない! 僕がこの世界の神なんだ!」
「……じゃあ桜を嵌めた理由もそれか?」
「朝陽を嵌めた理由? そんなものない、お前らの宿舎の連中なら誰でも良かった。ちょうど良かったのが朝陽だっただけのことだ」
「俺たちの宿舎なら? それはどういうことだ!」
「報いだよ! 僕の求愛を無碍にした九生恵理に対するね! 彼女が唯一執着する貴様らのうち、誰かが罪に問われれば彼女は僕を頼らざるを得ない。この世界でもっとも権力を有する僕にすがるしかなくなる! そして彼女は僕にひれ伏し、僕の従順な下僕になる!」
「じゃあ何か? お前は自分の欲望のためにこんなことをしでかしたのか!? 人を殺してまでそんなに手に入れたかったのか!?」
俺は思わず清陽の胸倉を掴み上げた。すると清陽は軽く鼻で笑った。
「人を殺す? 何を言っている、どうせ皆死んでいる人間だろうが! 僕も、お前も!」
清陽の言葉に驚きはそこまで無かった。力を使える、そこから程度予想できることだった。ここは死者の世界、死んだ者が生きる矛盾の世界。
「どうせ元から死んでる人間! 存在してはいけない……それが自然なんだ!」
「……ふざけんな」
自分の声が震えているのが分かった。体は熱く、様々な感情が渦を巻き、ぐちゃぐちゃで何も考えられない。俺の心の奥底で、何かが蠢いていた。
「ふざけんなよ!! 一度死んでる人間だから、そんなこと……そんなことが人を殺して良い理由になるとでも思ってんのか!! 死んでる人間が泣くか!? 笑うか!? 俺も、お前も、この世界の人間は皆生きてんだよ!! どこかもしらねえ、訳の分からねえこの世界で、精一杯生きてんだよ!!」
力なく俺の力に支えられる清陽を力いっぱい揺さぶる。
「そんなものまやかしだ! 死んだものは死んだ! 生きていて良いはずが無い!」
清陽は嘲笑交じりに答える。自分の中で動いていたもの―怒りが爆発するのを感じた。
右手で力の限り清陽を殴りつける。歯を砕く感触が手に残る。吹き飛ぶように転がって仰向けになった清陽の首筋に、俺は刀を添える。
「はっ、殺すのか! この僕を! 一緒だよお前も! どれだけ御託を並べようとも自分の気に食わなければ排除する!! そうやってしか生きられない!!」
饒舌な訴え。開き直ったのか。だがしかし、
「そんな事とっくの昔に知っている。そんな事で俺が怯むとでも思っているのか?」
こいつは俺と同じ立場だった。世界のために人を殺す力を持ち、それぞれが目指す未来を作ろうとした。だが今のこいつは俺とは違う。全くかけ離れた、俺とは別の何かになっていた。
こいつはこの世界をダメにする。この世界に災いをもたらす。危険分子、邪魔な存在。
こいつの言う通り、邪魔なものは――――――排除する。
「良い事を教えてやるよ」
刀を振り上げた俺に清陽に狂った笑いを見せた。遺言でも残す気かと思ったが、違った。
「岸本総樹が昼間受け取った洋菓子、あれには以前の食中毒を起こした菌が何倍もの濃度で混ざってるんだよ!! 瀬博人の処方薬でも治せない!! 口に入れた瞬間に――」
「死ね」
清陽の言葉に一切の耳を傾けず、力を込めずに腕を振り落とす。
斬線が一直線に清陽の首筋に潜り込む――そのほんの一瞬前、俺の右半身に重い衝撃が駆け抜けた。巨大な何か、この世界には存在しない車にでも轢かれたのかと思った。
予期せぬ外力により俺はあっけないほど簡単に吹き飛ばされた。同時に刀は清陽に傷を負わせることなく、俺の手から離れ地を転がる。
二,三回転がり、俺は体制を立て直して片膝をつく。打撲に加え転がった拍子に捻ったのか、肩に痛みが走る。俺は先程まで自分がいた場所を見る。一人の男が立っていた。
「間一髪だったみてえだな」
自身の前髪をかき上げ、荒れる呼吸を整えながらいつも通りどこかノリの軽そうな笑顔を浮かべ、岸本総樹が立っていた。
「なんで……なんでお前が生きてるんだよ!?」
総樹の登場がよほど予想外だったのか、清陽は先程あそこまで良かった威勢がなくなり、まるで幽霊でも見ているかのように目を白黒させていた。
「どうやってあいつと俺の関係を調べたのかは知らねえが、確かにあいつは俺が死ぬ事を願ってるだろうし、俺もあいつが実際にそう言ってきたら死ぬつもりだった。でもな、ダチがヤバイ状況になってるって知っちまったら、死ぬわけにはいかねえんだよ!」
俺は肩に手を置きながら立ち上がる。痛みは走るが、動かない訳ではない。
「じゃあ総樹、一体何故俺の邪魔をする!? こいつは私利私欲で人を殺し、挙句の果てに桜を嵌めようとした男だぞ!」
「どうやら……そうみたいだな」
総樹は傍に倒れている百合子さんを見て言う。伊織から話が行っているなら状況はわかっているだろう。俺は思わず総樹に詰め寄る。
「なら一体どうし―ッ!」
その時、総樹に気を取られていた俺は清陽が動いたことに反応できなかった。
俺にタックルをかまして地面に押し倒した清陽は、マウントポジションを取ったところで腕を振って出現させた刀を握った。




