第四話
それでも、基本的に一万人が住むには狭いと考えて良いようだ。だからこそ、自然と人との物理的な関わりというものが多々あったりするわけで、
「お、麻斗じゃねえか」
道端で声をかけられるのも極自然なことだった。声をかけてきたのは俺より少し背の高い男―同じ宿舎に住む岸本総樹だった。少年と呼ぶには顔に幼さは無く、良く言えば凛々しい感じの顔立ち。
だが歳は俺の二歳上と言う事でまだまだ大人というわけでもない。
「総樹か。巡廻ご苦労様」
「仕事だ、疲れるのは仕方ねえよ」
総樹は大の大人が束になっても負けないくらいの腕力を武器に、警察としてネフェティアの治安を守っている立場にある。だが治安を守るといっても、物取りなどの犯罪が全く無いネフェティアでは、住民間のトラブルの対応をする事がもっぱらである。
「そう言えば朝なかなか起きて来ないから桜がふてくされてたぞ」
「あぁさっき会ったよ。俺はしっかりとボードに休日って張ってたんだけどな」
ケラケラ笑う総樹に対し、俺は肩をすくめるように言う。
すると総樹は思い出したかのように「あぁ」と頷く。
「そいつは俺も思ったんだが、言ったら面白く無さそうだったんで止めた」
「いや止めるなよ。それで睨まれるの俺なんだから。気付いてたんなら教えてやってくれ」
総樹は自分が面白いと思った事を他人の状況を全く考えずに実行する節がある。
以前宿舎のドアを誤って壊した総樹は、あろうことか簡易的に工作し、あたかも壊れていないかの様に装いその後にそのドアを開けた俺に全責任をなすりつけた事があった。
ドアを直す等の日曜大工に精通している総樹の手先はかなり器用なのだが、いかんせんその使い方が間違っている。その時はその場に居合わせた恵理が、俺の力の入れ具合ではこのような壊れ方はしない、という物理的な点を突き何とか事なきを得た。総樹曰く、思いっきり開けたら壊れたらしい。どんな馬鹿力だ。
その後、総樹は俺と桜の説教をたっぷり聴いたはずなのだが、どうやらこの性格は直っていないらしい。いや、恐らく直そうとは考えていないだろうと思う。
「まぁ過ぎたことは気にすんな。で?出不精のお前が休日に何してんだ?」
「俺がいつ出不精になったって?。午前中は軽く勉強でもしようかと思ってるよ」
俺の言葉に総樹はぎょっとした顔をする。
「休日に勉強するなんてお前頭おかしいんじゃねえのか?」
総樹はネフェティアに来たとき既に中学を卒業している身であった為、ネフェティアで勉強をした事は無い。もともと勉強が苦手らしい。
「確かに学業と仕事を両立している奴は少ないが、やっちゃいけない訳じゃないだろ?」
俺の知る限り、両立しているのは両手で数えられるほどしかいない。だが役所が認可していると言う事で、何も悪いことではない。
「つってもお前……何をそんなに勉強して、どうすんだよ?」
「それは……」
俺は言葉に詰まった。だが直ぐに総樹ははっとした表情をする。
「いや、俺が悪かった。すまん」
そして申し訳無さそうに顔を伏せる。