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第五十六話

 俺と伊織は顔を見合わせる。今響いた少し重い音、それは確かに玄関が閉まる時の音だ。それはつまり玄関が開閉されたということ、時間はもう夜中であり、こんな時間に出かける類の人間はここにはいない。

 それに神隠しの警戒令が出ている今、出かけるのは危険が付き纏う。玄関ホールには誰かが帰ってきた様子も無い。

 俺は急いで玄関の外が見える窓を開閉する。そこには建物に背を向け、周囲を警戒しながらコソコソと遠ざかる人影があった。

「百合子……さん」

「え!? ……百合子さん!?」

 大きな声で驚いた後、ことを察した伊織は声を小さくして聞いてくる。

「……伊織、総樹を呼んで来てくれ」

 しばらく考えた後、伊織に指示を送る。

「麻斗君は?」

「俺は気づかれないように百合子さんを追う」

「そんな、危ないよ!」

「だが今追わないと見失う! 目印は残しておくから、総樹を呼んで後について来てくれ!」

 俺は菓子棚から小さな粒が入ったスナック菓子の袋を取り出し、それを持って部屋を飛び出した。後ろから俺を呼ぶ伊織の声が聞こえたが、構っている時間は無かった。

 寝巻きでなかったのが幸いか、夜の外にそこまで寒さは感じなかった。俺は百合子さんが通ったと思しき道を進み、曲がる時に目印のスナック菓子を落としていく。

 妙に静まり返った町。それが一層緊張感を増させる。流石に出歩いている人の姿は見えない。街灯もあまり無いため、殆ど月明かりを頼りにするしかない。

 百合子さんを追う上で注意しなければいけないのは巡回を行っている警察である。外出禁止令が出ている今、姿を見られた時点でアウト。情状酌量の余地なく帰宅決定になる。

 この条件は百合子さんも同じ。ならこんな危険を冒してまで外出する理由とは一体……。緊張により早くなった鼓動を感じながら、俺は慎重に歩を進めていく。

 後を追って進んでいくと最終的に町の南西部、塀が直角に交わる場所に出たところで百合子さんの姿を見失ってしまった。

 ここまで来て見失うか。警察が厄介だがくまなく捜すしかない、そう思った時だった。

「―――――ではないかと」

 微かに女性の声。これはキタか? と不謹慎だが心躍る。はやる気持ちを押さえ、抜き足差し足でゆっくりと声のするほうへと近づく。

 ちょうど塀の角になっている部分、倉庫小屋の裏手に百合子さんの姿はあった。誰かと話しているようだが、ちょうど小屋を挟み俺と反対側にいるのか、その人物の姿は見えない。

 周囲に見張りの姿は見えない。俺は誰も来ることが無いよう祈り、耳を済ませ、声に集中する。すると声は次第に鮮明になっていった。

「まさか生産側の人間があの事を話すとは思いもしませんでした」

 百合子さんの声。周囲を警戒しているのか小声だった。だが俺の耳はしっかりとその音を拾っている。

 生産側、あの事。昼間の事を考えると、夕月と半年前の事件の事だろう。話を聞かれていた、という事に驚きはするが、それよりもそれを報告している事の方が気になる。

「私を疑っているようですが、証拠になるようなものは家事内に全て厳重に管理してあります。抜かりはありません。しばらくすれば諦めることでしょう」

 残念だが、この会話を俺が聞いている時点で抜かりがありまくりなんだなこれが。百合子さんが黒である核心は取れた。更にご丁寧に証拠のある場所まで言ってくれたし。

 さて、どうするか。一旦引くか、それとも盗聴を続けるか。共犯者の素性を知りたいが、時間が経つに連れて危険は増す。ぎりぎりの見極め、せめて声だけでも―

「そうですか。それは良かったです」

 別の人物、共犯者と思しきものの声。準備をしていた俺は、それを脳裏に焼きつけた。証拠は押さえた。もう立ち去った方が良い。理性はそう主張した。

 ―――しかし、本能は真逆の答えをたたき出した。

 焼き付けた声は自然と俺の中に記憶されている声に照合される。そして記憶はそれが誰の声であるかを、一瞬にしてはじき出した。思わず身震いする。

 この声は―――。

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