第五十一話
「まぁ俺もやりすぎたよ。ほら」
俺は夕月に手を差し出す。夕月はおずおずとその手を握り立ち上がる。握り潰そうかと思ったが良心が痛んだ。
「茶番は終わったかしら?」
今まで傍観を続けていた恵理が声を出す。
「茶番て言うな。俺の怒りは本物だ」
「はいはいカルシウムが足りてないのね、可哀想に。煮干でも食ってなさい」
恵理は小馬鹿にしたように笑う。夕月の天然とは違い、恵理のは挑発だ。そう簡単に乗りはしない。落ち着け俺。逆に冷静になるんだ……煮干は好きだが。
「それでお前は何しに来たんだ?」
夕月がソファーに戻ったところで聞いた。
「実はね、桜の事でちょいと話が合ったんだよ」
「桜の? というかお前その話を知ってるのか?」
桜の話は秘密にされているはずだ。同居人である俺等にも伝えられていない事になっている。それを完全に外部の人間である夕月が何故知っている。
「ちょっと待って、桜ちゃんがどうしたの?」
そこでやっと立ち直った伊織が尋ねる。
「確かに今日は見かけてないけど。それに別の人が家事の仕事しているみたいだし」
「伊織は昨日の夜いなかったからな」
そこで俺は桜の置かれている状況をかいつまんで話した。
「そんな桜ちゃんが……」
聞いた後伊織は信じられないと呟く。
「それが今の状況だ。だけど俺たちは桜が本当にそんなことをしたとは思ってない」
俺は総樹と恵理を見る。二人とも黙って首肯を返した。
「うん、私もそう思う。桜ちゃんはそんなことする子じゃないもん」
「あたしもだよ。だからここに来たんだ」
伊織の言葉に夕月も続く。
「ありがとう二人とも。でも夕月はどこで知ったんだ?俺たちが知る限りこの話は家事側が広めないようにしているはずなんだが」
「私は実際に食料を梱包に携わってた側の人間だからね」
夕月は申し訳無さそうに呟いた。生産に所属している夕月は家畜の世話が主な仕事だが、他の事務的な仕事を手伝う事があるらしい。食料の梱包作業もその1つになっている。
だから家事側が事実確認に来た時に、夕月も聴取されたという。
「まさか私がやってた事がこんな事になってただなんて信じられなくてね。あんたたちが今回の事件を調査してるのはさっき聞いたよ」
夕月はいつに無く真剣な顔つき。普段はおちゃらけてふざけているが、根はとても真っ直ぐである。夕月自身、この事件に桜が関与しているという事態に驚いているのだろう。
「助かる。ちょうど生産の人間から話を聞きたかった所だ」
「おう、任せろい!」
夕月は胸を張る。とても心強く感じた。
「じゃあ早速。話を聞いてみて思ったんだが、お前は俺たちの宿舎に余分に届けられているのを知ってたってことか?」
「あーごめん、それは知らないんだ」
夕月はかぶりを振る。
「梱包の仕事って自分が担当する宿舎が毎回違ってるんだよ」
「担当が固定されてないって事か?」
「そう、自分がどこの宿舎の梱包をしているのかなんて分からない。だから私もこの宿舎の食料物資の梱包をやったのかもしれないし、やってないのかもしれない」
そういう決まりになっている、夕月はそう付け加える。梱包内容を知らせずに作業をさせる。指揮系統に何か問題がありそうに聞こえるが、それを行う理由は考えられる。夕月はその理由を語ってくれた。
梱包内容を知らせる、もしくは担当制にして固定するとある問題が発生する。自分の場所に送るものに、量を増やす等の工作が可能になってしまう。
梱包する食料の量は発注された数によって決まる。だがそれは大人1人分などの非常に曖昧な数、ほんの少し増やしたとしてもそんな些細な変化に気付けるかといったら怪しい。
ましてや他人の宿舎の量を減らしたとなれば、やったやってないの責任問題に発展してしまう。自分達の身に関わること、だからこそ秘密にした方が良いという事もある。
夕月が言うには半年ほど前、実際に問題が発生した事があるらしい。これは俺たち部外者は知らない、生産の極秘事項だ。半年前、それが俺の頭に引っかかった。それからは担当制ではなく、作業場に入った順番によって担当する宿舎を決定する事になった。番号札をもらい、その番号の作業台で置いてある食料のセットを梱包する。
もちろんそのセットも仕事量自体は皆同じだが、内容はランダムに決定されたもので、どの宿舎に送るものなのか分からない様になっている。と言っても人数は書いてあるので、明らかに少ない数とかの場合などはある程度どこに送るか予想がついてしまう事もあるらしい。
「だから私も七人分の梱包している時は、ここに届くんだろうなって思っていたのよ」
それも無理は無い。俺たちの宿舎は居住者七名、ネフェティアの宿舎では最小の人数だ。
「みんなもそのこと知っていたから結構話題になっていたんだけど」
人の家の食料を話題にされたと言われるのはのはあまり心地いいものではないが、それよりも夕月の逆説が気になった。




