第五十話
リビングでは三人がソファーに座り、お菓子を広げてお茶を飲んでいた。気分は三時のおやつといったところか。
「お邪魔してるよん!」
夕月が手を挙げて元気よく声をかけてくる。口周りにクッキーの食べかすがついている。毎回夕月はこの宿舎のお菓子を食いたいだけ食って帰っていく。少しは持参しろ。
「ただいま。随分優雅な昼下がりだな」
軽く皮肉を返し、俺たちもティーカップを持ってきて紅茶を入れ、俺は伊織の隣に、総樹は間にある一人がけのソファーに座った。
「伊織も帰ってるとは思わなかったな。練習は大丈夫なのか?」
「そんな四六時中やってる訳じゃないからね。生き抜き生き抜き。今日だけは帰ってもいいって言われたの。今日が終わったら明日からは本格的に大忙しだよ」
「流石に大変だなネフェティアのアイドル様は」
「そ、そんなことないよ! ネフェティアのために何かするのは当然のことだもの」
「あら、そんな事言ったら私は式典では何もしないわよ。肩身が狭いわ」
「恵、恵理さん!そういう意味じゃないです!」
自虐だということに気付いていないのか、伊織は恵理の言葉に真面目に答えてしまう。その光景が面白かったのか、襟は紅茶に口をつけながら笑っている。
伊織が弄り甲斐があるのもそうだが、恵理としては慌てる伊織を観察するのが中々楽しいらしい。生粋のSだ。
「私は恵理さんみたく頭も良くないですし、髪もサラサラじゃないですし、スタイルも―」
「アイドルが素人を可愛いとか言うのって、ちょっと聞いててあれですよね総樹さん?」
「いやいや日本人の謙虚な心じゃないですか夕月さん」
「うぅ……私そんなつもりじゃ」
「……お前らそのぐらいにしといてやれよ」
ボッコボコのフルボッコにされて涙ぐんでる伊織が不憫で仕方が無い。まぁその姿が更に加虐心を煽るのは最早そういう星の下に生まれたとしか言いようがなく、俺も苦笑いで誤魔化す。
「因みにこれは誰のだ?」
ここぞとばかりに話題を変え、俺はテーブルに広げられていたクッキーを手に持つ。
「まさか俺のじゃないだろうな?」
「失敬な! それは私が持ってきたものだ!」
立ち上がり夕月がえっへんと胸を張る。
「いつも食ってばかりで悪いから、ちゃんと持ってきてやったんだ! 偉いか?」
「あぁ偉い偉い。大統領クラスに偉い」
偉そうにする夕月を軽くあしらう。取り合えず褒めておく、これは夕月を扱う上での最も簡単で効果がある方法だ。
それではありがたくもらおうとしようか。一度手を合わせてからお菓子に手を伸ばす。
「それに今日の麻斗の分はもう食べ終わった」
伸ばした手を停止させる。なんだ? よく聞こえなかったな。今のは日本語か?
「もっかい言ってくれないか?」
「麻斗、耳が遠くなったのか? 今日の麻斗の分はもう食ったぞ」
んん!? 俺の耳は異常なのか? そうなのか? 今日の分は食った ?今日の分は?
「なぁ総樹……一体いつ俺が夕月にお菓子を納品する制度が出来たんだ?」
「…………ふぅ。紅茶うめぇ」
「何事もなかったように一息つくな!!」
「待て待て俺は食ってない! 誓おう、神に。我等を愛する絶対なる神に。俺はただお前の部屋の菓子が置いてある場所を言ったまでだ!」
「お前マジ地獄に落ちろよ」
「あはは、総樹怒られてる!」
「お前が言うな!!」
神様こいつら絶対地獄に落としてくれ。てか今日の分ってことは今まで何回かあったのか。そう言えば菓子の量が減ったなと思った事があった。
腹を抱えて笑っている夕月は飛ぶように跳ねてソファーに座る。ずいぶん楽しそうに笑う姿は子供そのもの。その無邪気さに怒る気も失せてしまった。
そこで俺は恵理の視線に気付いた。
「なんだよ?」
「別に。お菓子ごときで騒ぎすぎだと思っただけよ」
短く言うと紅茶に口をつける。正論だけに言葉につまる。掘り返すのも面倒だ。俺は未だに笑っている夕月を見る。
「結局お前は何しに来たんだ? 菓子食いに来ただけとか言ったらぶっ飛ばすぞ」
「それもある」
「オーケー分かったここいらで白黒つけよう、表出ろ」
「まぁまぁクッキーでも食って落ち着きな」
手渡されたクッキーを奪い去り、速攻で口に入れて飲み込む。
「お、早食い勝負か? 望むところだ!」
夕月は腕をまくり身を乗り出した。
「総樹、こいつ殺す許可くれ」
「お好きに」
「え?ちょっ、何!? 痛い! 痛いってば!!」
夕月の頭を抑えてこめかみに拳を押し付ける。中指を折り曲げて威力を上げた。
「ちょ、待って、ごめん、ごめん、ごめんなさい! 許して! ねぇ許してください!」
涙交じりの声になってきたのでここら辺で止めておく。開放された夕月は痛みの余韻で、しゃがんでこめかみを手で押さえた。
「今日の麻斗君は何か……その、凄いね?」
「お蔭様でな! 夕月、次はねぇぞ!」
伊織の苦笑に律儀に言葉を返し、夕月を睨む。
「わ、分かったよぉ」
半べそをかき、上目遣いで夕月は頷いた。これじゃ俺が苛めてるみたいじゃねえか。そこはかとなく罪悪感を覚える。




