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第四十九話

「お帰りなさいませ」

 宿舎に着くと建物の前にある花壇で百合子さんがホースを持ち水遣りをしていた。

 桜は学校に行っていたが、基本的に昼間に家事の人間が家の事を行っている。俺たちが住んでいる宿舎の前にあるこの花壇も依然は手分けして水遣りをしていた。

 一応家事の関係者という事で百合子さんには俺がたった今桜と面会しに行ったことは伝えてある。隠したところでどうせばれてしまう事、隠すことで返って不審に思われる。

 別に百合子さんが何かをしたというわけではない。何故か恵理は百合子さんを一方的に嫌っているが、俺と総樹は特に何かを感じてはいない。ただ桜の代わりに来た百合子さんを前に桜の話をすることは失礼ではないか。それが百合子さんより桜の方が良かったと言っているように捉えられでもしたら大変だ。

 という事で俺たちは極力桜の話題は出さないようにしている。恵理は何かの拍子で言いそうだが。そう言えば幼稚園組も何も言ってこないな。

「お勤めご苦労様です!」

「いえいえこれが私の仕事ですから。八神さん、どうかされました?」

 総樹の言葉に笑顔で返した百合子さんは俺を見て首をかしげた。

「あ、いえ。百合子さんに見とれてました」

「まぁお世辞がお上手なんですね」

「いえいえ本心ですよ」

 別に嘘をついているわけではない、純粋な感想だ。百合子さんは美人だと思うし、人当たりの良い人だ。非常に丁寧な言葉遣い、昼間に花壇にお水をやる姿はなかなか映える絵になる。これで結婚してないんだからネフェティアの男たちは目が腐ってでもいるのか。

 それにしても百合子さんは俺の言葉に照れもしなかった。まぁ俺相手に照れることも無いか。言われ慣れている可能性だってある。

「そう言えば、麻斗君にお客様が来ていましたよ」

「お客?俺に?」

 こんな平日の昼間に俺を訪ねる人間、全く心当たりが無い。そもそも今は普通なら仕事をしている時間だ。俺が休みだというのは同居人と遊軍の人間しかいないはず。いや、俺を訪ねて遊軍を訪ねたがいいものの、不在だと知らされてここに来た可能性もある。寧ろそうだろう。

「因みに誰だか分かりますか?」

「確か……近衛夕月さん……でしたっけ?」

 夕月か、あのみょうちくりんな少女の顔を思い出す。夕月は暴れん坊将軍の如く愛馬のルイスキャップを走らせ宿舎に突撃してくる。

 それはよくあることなのだが、今日はいつもルイスキャップを繋いでおく場所に彼女がいない。それに夕月が訊ねてくるのは大体夕方だ。

 何の用かは知らないがちょうどいい。生産の人間に話を聞いておきたかった。

「夕月なら分かります。中にいるんですか?」

「はい。恵理さんと、あと伊織さんが中でお話されています」

「伊織が帰ってきてるんですか?」

「えぇ。一時的な帰宅らしいですが」

 俺と総樹は顔を見合わせた。もしかしたらどこからか桜の話が伊織の耳にも入ったのかもしれない。

「あと総樹さんにお届け物がありました」

「俺に……ですか?」

「はい。中学生くらいの女の子から。総樹さんも罪なお人ですね」

 百合子さんは口元を手で隠して笑った。年下の女の子からプレゼントとか何だよそのイベント。

 そう呆れて総樹の顔を見て、俺は目を疑った。総樹の顔は笑っていなかった。 先ほどのような作り笑いすらなく、悲壮に満ちた表情をしていた。

「総樹?」

「いや、なんでもない」

 問いに、総樹は何かを納得するように答え、そして急に満面の笑みを浮かべる。

「そうですか、俺に届け物が。いやぁやっぱり醸し出すイケメンオーラは抑えられないって事ですかね!それで届け物は今どこに?」

「食べ物のようなので冷蔵庫の方に入れておきましたのでお召し上がりください」

「分かりました!んじゃ麻斗、中入ろうぜ」

 そう言って総樹は俺の肩に手を回し、無理矢理俺を連れて宿舎に入っていった。玄関ホールに入ったところで俺から手を離した総樹は一度深く息を吐く。

「何も聞かないでくれ」

 そして静かに呟いた。総樹が何かを思いつめ無理をしているのは何となく分かっていた。

「俺じゃ力になれないのか?」

「俺が何とかしなくちゃいけない問題なんだ。だからお前は俺の選択をただ受け入れてくれ」

「……お前がそう望むのなら」

 総樹も何かを抱えている。俺にとっての神隠しと同じように、他人に相談するものではない問題を抱えている。それに対して俺は深追いできない。

 やってしまったら最後、俺も腹の内を明かさなければならないから。

「ありがとう」

 いまだかつて見たことが無い真剣な表情をしていた。

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