第四十二話
「うっ……」
痛みを感じて軽くうめき声を上げる。場所は後頭部だ。刺すような痛み。それに加えて額部分をグルッと一周するように締め付けるような感覚があった。
俺は自分がベッドに横になっている事を理解した。目の前に広がるいつもの天井を眺める。
「気が付いたかね」
不意に隣から声をかけられる。そこには白衣を着た男性が椅子に腰掛けていた。ネフェティア唯一の医者である柳瀬幸一医師だ。
柳瀬さんが近くにいた看護師の女性に何かを言うと、その女性は部屋から退出した。
「……俺は一体?」
頭痛から来る重い頭に鞭を打って俺は思考を始める。恵理から桜の話を聞いた。そこで家事の本部に行こうとした俺を総樹が止めて……。
―あぁ。
思い出し、一気に後悔が襲い掛かってきた。自分を殺したくなるほどの。
俺は桜と詠奈を重ねていた。親戚中から悲惨な扱いを受けていた詠奈。引き離されていた俺はそれに気付いてあげることが出来なかった。一人で泣いている詠奈を優しく抱いてあげることが出来なかった。
俺が気づいた時、既に詠奈の心は死にかけていた。まだ取り返しはつく、しかし失った物は大きかった。そこで俺の怒りが爆発した。怒りの矛先を一族の人間全員に向けその全てを殺した。
自分の大切なものを守るため、邪魔なものを徹底的に排除する。それが俺だ。
この世界でもそうだ。世界を守るためと言う理由で、俺は人を殺す、手を汚すことを厭わない。自分基準で考えた善悪により、俺は悪と決め付けたもの全てを消し去ってきた。恵理の事を散々否定していたくせに、俺の方がよっぽど自分勝手な奴だ。
俺の過去を知っている総樹はそこを見抜いていた。だからこそ、俺の間違いを正そうとした。俺はそれを無碍にするところだった。
「どこか痛むところはあるか?」
俺を気遣う柳瀬さんに罪悪感を覚えた。
「僕が誰だか説明できる?」
人のよさそうな笑みを浮かべ、柳瀬さんは自分を指差した。首を動かすと頭に痛みが走るので、目だけを向ける。罪悪感は消えていない。
「ネフェティア唯一の医者でロリコンの柳瀬さん」
「ん~相変わらず麻斗君は手厳しいね」
小児科なら子供と触れ合えるからという不純な理由で医者になってしまった、大変残念な人物はにやにやした表情を浮かべる。
過去に「十歳以上は女じゃなくて雌」と非人道的な発言を残し、俺たちの度肝を抜いた事がある。何故小学校の先生を選ばなかったのかは未だ謎だ。
いやそれもそれで十分危ないけど。
「一応記憶喪失とかは無いみたいだね」
「先生俺は一体?」
「いや、驚いたよ。昨日の夜中に総樹君が診療所に乗り込んできて、いきなり僕の胸倉掴んで連れてくんだもの。何事かと思ったよ。そしたら麻斗君が気を失ったって言ったから」
「申し訳ないです」
おそらく総樹の事だからかなり乱暴に扱ったのだろう。それが俺のためという事で、喜んで良いのか迷う。
「全くだよ。これからは階段から滑り落ちるなんてことは無いように頼むよ」
…………えっ?
「俺階段から落ちたんですか?」
「どうやらショックで忘れてしまったのかな。階段を踏み外して2階から、それも鎌田行進曲顔負けの転がり落ち方をしたと聞いたが。いやぁその割には打撲が殆ど無いんだけど」
覚えているかい、と柳瀬さんが聞いてくる。覚えるも何もそんな事実一切無い。打撲なんてあるはずも無いですよ。




