第二話
「そう言えば麻斗さんは今日はどうされるんですか?」
食器を洗い終わり、タオルで手を拭きながら桜が訊ねてきた。
「そうだな。休日って言ってもやることないし。午前中は勉強でもしてようかと」
この世界でも中学生までは義務教育として昼間は勉学に勤しむ決まりがある。元の世界と似て非なると言っても一般教養ぐらいは持ち合わせなければいけない。
そして中学を卒業すると、ネフェティアに存在する個々の組織に所属して、仕事をするのもまたルールの一つだ。
例外的に俺は組織に所属しているものの、未だ高校生として学業に励んでいる。選択授業として何個か授業を取っている、仕事と学業を両立しているネフェティアでも数少ない人間だ。
「それじゃあもし良かったら、恵理さんにお弁当を届けてくれませんか?」
そう言って桜は台所の後ろから弁当箱を二つ取り出した。
「恵理に?」
俺は首を傾げる。
「恵理さん今日で外泊三日目なんです。帰宅を勧めるついでにお弁当を届けてください。どうせまともな食事とって無いと思うので」
「あぁなるほど」
納得する。桜は集団の団結というものを重要と考えている。だからかこの建物に住まう人間には、どんな状況であろうが一緒に食事を取る事を義務付けている。
だが義務といっても俺たち住人側はこのルールを破ったことは無いし、破るつもりも無い。
ただ一人、九生恵理を除いては。
「恵理さんがこの世界で重要な立場のお方であることは分かっています。でも私は……」
桜は顔を伏せる。この義務を俺たちが破ることで桜が怒るという事は特に無い。ただ桜は一緒に食事を取る事が出来ないことを異常に悲しむ性格をしている。
恐らくそれがネフェティアに来る前の人生で構築された、朝陽桜という人間の人格なのだ。
それが分かっているからこそ、俺たちは破らない。
「分かった。ちゃんと届けるし、帰って来いって伝えてくる。だからそんな悲しそうな顔しないでくれ」
「わ、私は別に悲しいなんて!!」
桜は恥ずかしそうに頬を赤らめ、顔を背ける。建物の実権を握っているとはいえ、こういうところはまだ歳相応だ。
「はいはい分かったよ」
俺は桜をたしなめる様に軽く頭に触れ、弁当箱を拾い上げた。
「違うんですからね!」
「だから分かったよ。それより本当に早く行かないともう中等部は授業始まるんじゃないのか?」
時刻は既に八時半。朝のホームルームは既に終わってしまっている。
「あーしまった!!遅刻だー!!」
驚愕の表情をして桜は慌しく身支度を整え始めた。エプロンを外して台所を出ると、共通玄関に置いたままになっていた学生鞄を掴み取る。
「いってらっしゃい」
「い、いってきます!」
食堂の入り口から声をかけると、桜は丁寧にお辞儀をした後、建物を出て行った。
その光景を見て俺はやれやれと一息つく。だが自分のせいでも在るので、そこは反省する。
それなりに大きい洋館の中で一人ぽつんと残された。