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第三十六話

 俺の隣、桜の席である場所に先程の女性が座った。呆気に取られている俺に対し、女性は俺に正対するように体の向きを変える。

「申し遅れました。私は朝陽桜の代理としてあなた様方のお世話をさせていただく、家事所属の佐々倉百合子と申します。よろしくお願いいたします」

 女性は一度礼を交えてから言った。礼儀正しい姿勢。旅館の女将のような雰囲気を感じた。

「あ、いえこちらこそ」

 思わず俺も畏まった態度になってしまう。それを見てか、百合子さんは含むような笑いを見せる。先程総樹が言ったように確かに綺麗な人である。

「えっと、それで桜の代理っていうのはどういうことで?」

「はい。それなのですが、実は家事内で少々問題が発生いたしまして」

 百合子さんは申し訳無さそうに告げる。家事内の問題、つまりそれに桜が関わっているという事か。

「それは聞いてもいいことですか?」

「申し訳ありませんが、今はまだお話しする事が出来ません」

 百合子さんは頭を下げた。話せないとはどういう事か。俺は言葉の真意を探る。

 各組織内で発生した問題の中で、公表できないような事態は多々ある。恵理が突き止めたネフェティアの場所もその一つで、公表してもメリットは無い。逆に人を混乱させてしまい、デメリットの方が大きい。

 また昼間総樹から聞いた神隠しの話も、まだ大きく広まってはいない。大きな混乱を招くとして警察と役所で情報規制を敷くことが決まった。

 人間同士が生きている世界で、全てをオープンにして生きることは難しい。人は何かしらの秘密を持って生きている。それはネフェティアにも当てはまるのだ。現に俺も、ネフェティアが死者の国という考えを内に秘めながら生活をしている。まぁこれは俺の憶測に過ぎなく、ただの思い違いと取られても仕方が無いことだが。

 今回も家事内部で起きた問題のため、百合子さんが話せないと言った事も一応の理解は出来る。自分を棚に上げて全てを教えてもらおうとは思えない。考えに没頭していると、突然総樹が俺の首に腕を回し、顔を引き寄せてきた。

「まぁまぁ細かいことは気にすんな。カレーが冷めんぞ!」

「そうだよ!」

 総樹の声にカレーが待ちきれないのか、夢が右手に持ったスプーンでテーブルに叩きながら続けた。いつも桜に注意されている行動だ。

 その隣に座っている恵理は未だ腕を組み、じっとしている。その表情からは何を考えているのか読み取ることは出来ない。いや、これもいつもの事か。そもそも帰って来ていること自体不思議なのだ。

「そうだな……すみませんなんか」

 総樹の腕から開放され、俺は百合子さんに頭を下げた。

「いえ、大丈夫ですよ」

 百合子さんは笑顔で受け答えをしてくれた。

 それから俺たちは食事を始めた。百合子さんは桜と同じように鈴の食事を見てくれていた。その姿は正に母親と言う存在を体現した様に見えた。

 そもそもこの宿舎には大人が一人も存在しない。名義上博人さんが住んでいることになっているが、彼が遊軍の本部に寝泊りしているのはもう誰もが知っている。

 必ずしも大人がいなければならないという訳ではないが、まだ幼稚園児である鈴や夢にとって母親という存在はまだ必要である。桜も何とか頑張ってはいるのだが、流石に年上のお姉さんという域を脱し得ない。

 その点百合子さんは母性を感じるというか、母親という言葉が良く似合う。その意味で百合子さんは幼稚園組にとって歓迎すべき存在だった。

 故に夢たちが直ぐに懐くのは必然と言うべきか、食事が終わった後も絵本を読んでもらったりと面倒を見てもらっていた。最終的にお風呂にまで一緒に入ってもらい、就寝の面倒まで見てもらってしまった。

 その後、百合子さんはリビングでたわいの無い話をしていた俺と総樹の輪に加わった。気さくに応じるなど付き合い上手な面も持ち合わせていた。夢たちへの対応といい、感じの良い人のようだ。

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