第三十五話
驚愕の清陽の質問に答えている間にすっかり日は落ち、夕食の時間になっていた。
疲れ切った体を無理矢理動かして宿舎に帰ると、カレーの匂いが鼻を刺激した。勿論ルーなどネフェティアには存在しない。これは家事と研究が力を合わせ、ネフェティアに存在する植物を使ってカレーに似た料理を作り出した結果である。
今のところネフェティアの料理関係で一番の功績だと考えられているほどだ。俺個人としてもまさかカレーが食えるとは思ってもいなかったので、これを聞いた時、そして食った時の感動は忘れられない。
この宿舎でも幼稚園組が特に大好物であり、カレーの時に限り野菜を食べるので桜も良く作る料理となっている。思わず心が弾み直ぐに手を洗って、リビングの扉を開ける。
「ただいま!」
「あ、麻斗お兄ちゃんお帰り!」
意気揚々とリビングに入った俺を夢が元気良く迎えてきた。スプーンを持った手を俺に振ってくる。やはりカレーか、俺の目に飛び込んできたのは今正に運ばれている最中のカレー……なのだが、
「あぁおかえりなさいませ」
どう言う事だ、これは。俺は目の前の光景を見て凍りつく。カレーの皿を持っているのは桜ではなかった。ましてや総樹でも、恵理でもない。この建物の人間ではなかった。女性にしては高い背丈、髪を後ろでアップにまとめ、パーカーの上にエプロン姿、やや垂れ気味の両目で俺を見据えていた。見たことも無い人だった。
「あの、あなたは?」
「申し訳ございませんが、もう夕食のお時間になります。先に座ってはいただけないでしょうか?」
女性は一度頭を下げると、持っていた皿をテーブルの上に置いた。席についているのは幼稚園組と総樹、そして驚くべきことに恵理の姿があった。腕を組み、なにやら不機嫌そうな顔をしている。いや、それはいつもの事か。
俺はそこで違和感を覚えた。恵理にではない。テーブルにはカレーの皿が六枚。伊織は今日から役所の方でコンサートの練習で帰宅しない。そうすると仮に先程の女性を人数に入れるならもう一枚必要なはずだ。
「お兄ちゃん早く座らないとカレー食べられないよ!」
鈴の急かす声に戸惑いながらも体を動かす。
「そうだぞ麻斗、いくら百合子さんが綺麗だからって呆けることは無いだろ」
「百合子……さん?」
総樹の煽りをスルーしてしまうほど俺は思考がストップしていた。百合子、そう言われた女性は本来桜がいるはずである台所で、料理器具の後片付けを行っている。
「どういう事だ?」
その光景を見てから、俺は再びテーブルについている面々に顔を向ける。
「えーっとね!百合子さんはね!桜お姉ちゃんの……お姉ちゃんの……?」
身を乗り出して言った言葉の途中で夢がポカンとした顔をする。
「お姉ちゃんの?」
「なんだっけ?」
首を傾げられた。傾げたいのはこっちだ。
「代理な。ダ、イ、リ」
「そうそれ!ダイジ!」
「夢ちゃん違うよぉ」
総樹の助け舟で何とかなったのだがそれでも間違っている夢は何故か偉そうに胸を張っている。夢の頭の中はいつも通りお花畑か。鈴がそれを不安そうに見つめている。
それはさておき桜の大事、もとい代理という女性。代理というのは家事の仕事の代理という事だろう。
おそらく家事内で何かしらの用事、または問題が出来て桜が帰れなくなったという事か。そこで俺は昼間に家事の本部で桜を見かけた事を思い出した。呼び出される程の事だ、帰れなくなるのも無理は無いのかもしれない。




