第三十二話
「ねぇねぇ麻斗」
廊下を進んでいる途中、夕月が俺の肩を突いてきた。見ると心なしか目が輝いているように見える。嫌な予感がした。
「私ここに入るの初めてなんだけど、ここってお菓子とか作ってるんでしょ?」
「まぁそれはそうだが」
ここではないが、隣にある建物には多くのキッチンが備え付けられており、スポーツ大会の賞品などで配られるお菓子を製造している。そこまでいって夕月の考えが読めた。
「一応言っておくが、試食なんか出来ないぞ」
「え、ダメなの!?」
「ダメに決まってんだろ!」
思わず足を止める。目を丸くして口をあんぐりと開けている夕月。そんなに驚くことか。
「逆に試食して良い理由が知りたいわ!」
「それはあれだよ、毒見?」
「時事ネタ過ぎて笑えないぞ」
つい最近食中毒事件が起きたばかりである。
「え~じゃああたし何のために来たの?」
夕月は腕を頭の後ろで組み、口を尖らせる。
「書類届けに来たんだよな?」
「それは麻斗の用事で、あたしの用事じゃないやい」
両手を上げて憤慨されても俺にはどうすることも出来ない。家事のお菓子が美味しいことは認める。俺も賞品でもらったお菓子を溜め込んでいる身だ。否定はできない。
だが女性はお菓子の事になると途端に性格を変える。これは夕月だけでなく、伊織や桜などにも言える。洋菓子系になるとそれは顕著に現れる。たまに試作品として桜がケーキなどを持って帰ってくると、別の建物に住んでいるはずの夕月を含め数人の女性を交えてティーパーティーが開かれる。
俺と総樹はいつも紅茶の給仕係として働く事を強要されている。その時ばかりは逆らうことも文句を言う事も出来ないほど、女性陣は殺気だっている。唯一の例外は恵理ぐらいだ。何がそこまで女性たちを狂わせているのか俺には良く分からない。お菓子が美味しいのは認めるけど。
獲物を狙う如く鋭い目つきで、ブツブツと念仏の様に俺への不満を呟く夕月を呆れ顔で見ていると、その視界に見知った人物が映った。
廊下の先、何人かの人だかりの隙間からほんの一瞬見えた姿、それは桜のものだった。直ぐに部屋に入ったため姿が見えなくなる。桜が入っていった部屋、俺の記憶通りなら会議室だったか。食中毒事件の時に捜査本部になった場所だ。
今の時間、桜は中学生として教育の授業を受けているはずである。確かに桜は家事に所属していてそれなりの制約は受けるものの、義務教育中は学業優先で生活を行う決まりになっている。勉強中に呼び出されるなどあまり無いはず。
だが桜は今ここにいる。つまりその決まりすら越える何かに桜が関わっているという事か。俺は少し心がざわついた気がした。
「どうしたの麻斗?」
夕月が不思議そうに俺の顔を覗きこんできた。
「いや、何でもない」
帰ってからでも桜に話を聞けば良いだろう。そう思い俺は再び応接室を目指した。微かに後ろ髪を引かれる思いをした。
それから俺たちは応接室で家事の代表に書類を見せ、質疑応答を行い内容を確認してもらった。その間夕月は出されたお菓子を遠慮なく食い続けていた。
確認が終わり、俺たちは家事の本部を出た。直ぐに次に行かなければ日が暮れてしまう。
「いやぁ食った食った!」
ルイスキャップに跨り夕月は満面の笑みを浮かべる。そりゃあんだけ食ったんだからな。まぁ手伝ってもらった駄賃と考えておくか。出費したのは俺ではないが。
「麻斗君」
黒王号に跨りいざ出発という時、地上から声をかけられる。そこにいたのは清陽だった。
「どうもです、清陽さん。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
「ちょっと家事に用事があってね。麻斗君はなんでまたここに?」
「恥ずかしながらスポーツ大会の書類関係でミスが起きまして、各組織に直接内容の確認をしてもらってるんです。っとそうだ、申し訳ないんですが役所に渡す書類を今渡しても大丈夫ですか?」
「はは、大変そうだね。量が多くなければ今受け取っておこうか」
「助かります」
俺はリュックサックから役所用の書類を取り出し、清陽に差し出す。
「それじゃあ君たちが他の組織を回っている間に内容の確認をしておけばいいのかな?」
「えぇお手数ですがよろしくお願いします」
清陽は俺の考えを察してくれたようだ。今内容を確認してもらえば、渡してから待っている間の無駄な時間を省く事ができ、時間短縮になる。
「大丈夫、僕も君と話したい事があったからちょうどいいよ」
「俺と、ですか?」
「うん。ちょっと大事な話をね」
清陽は書類をパラパラめくり、流し読みで軽く確認していく。
大事な話とは?何故か頭に先日の恵理と清陽のやり取りが浮かんだ。
「麻斗ー急がなくていいのか!?」
いつの間にかに遠くに行っていた夕月が声を張り上げる。
「悪い!今行く!それじゃあとで役所に伺います」
「待ってるよ」
いつも通りのニヒルな笑みを浮かべた清陽に会釈をし、俺は夕月の後を追った。




