第三十話
ちょうど一時間、神速ともいえる速度で書類を確認した俺は文字通り燃え尽きた。何個か日本語がゲシュタルト崩壊を招いたが、何とか乗り切った。
「ちわーっす!近衛運送でーす!!」
そんな廃人と化した俺の部屋に、元気溌剌とした声が響いた。部屋の入り口が開け放たれ、一人の少女が立っていた。髪を左側に纏めサイドポニーにした少女は右手を元気良く上げながら俺を見てはにかんだ。
「迎えに来てやったぞ麻斗!」
「あぁ……夕月か……」
放心状態に近かった俺がその少女の発するハイテンションについていくのは不可能だった。
近衛夕月、生産に所属している少女で元の世界では酪農の家に生まれたらしく、ネフェティアでは家畜の世話を仕事としている。性格は夢をそのまま成長させた感じで、有り余るほどの活発さを誇る。
伊織とは親友同士で、そのまま夢と鈴の関係を成長させた感じだ。とにかく元気が良く、テンションが高い。
「確かに馬は頼んだが」
「何だ?あたしじゃ不服だって言うのか?」
「とりあえずテンションを抑えてください」
疲れ切っている体に良いテンションではない。
「なんだい、つまんねいぞ!」
夕月は見ても分かるように唇を尖らせてふてくされる。元気すぎるもの考え物だ。俺は重い体を無理矢理動かし、立ち上がる。
「それじゃあ早速頼むよ」
「おう、任しとけ!」
夕月はガッツポーズを取りながら元気良く答えた。
執務室を出た俺たちは、遊軍本部の裏口に出た。そこの前には馬が二頭、がっちりとした堂々たる体躯のものが待っていた。俺はその内の一頭、黒い毛並みの馬に近づく。俺がいつも世話になっている馬だ。
馬タクシーには利用者が馬車に乗り運転してもらうものと、利用者も馬に乗る二つの種類がある。頻度は圧倒的に前者なのだが、基本的に1人で利用する俺には馬車は性に合わない。
また俺は多少馬術の心得があるので、数少ない後者を利用している。そうすると必然的に利用する馬と密接になるため、今ではこの馬は俺専用になっている。
名を黒王号と言う。一度夕月からこいつを譲り受ける話を受けたことがある。嬉しい話だったのだが、流石に宿舎や遊軍本部で飼うわけにもいかず断ってしまった。
「あんたが使うって言うからわざわざそいつを引っ張り出してあげたんだよ」
押し付けがましく言う夕月であるが、日頃の世話は全て彼女にやってもらっている。
「夕月にはいつも感謝しているよ」
「そうだろう、そうだろう。もっと言ってくれて良いんだよ」
夕月は腰に手を当てて胸を張り自慢げな顔をする。褒めると直ぐこれだ。調子の良い奴である。
「全く、お前は幸せな奴だよ」
「うんうん」
褒めたわけではないのだが本人が納得しているのだから良いのだろう。
俺は書類を纏めたリュックサックを背負うと、黒王号の背に跨った。それに続いて夕月も自分の愛馬であるルイスキャップに跨る。俺一人では運びきれないため夕月にも書類を纏めたリュックサックを背負ってもらっている。




