第二十八話
男は自室で一人酒を飲んでいた。お猪口に酒を注ぎ、口につける。仕事終わりの一杯だ。
ネフェティアにも酒蔵はあり、量は制限されているが二十歳以上には飲酒が許されている。ほろ酔い気分の男は壁に体を預け、眠そうな目をして一旦瞳を閉じた。
男が気を失っていたのはほんの僅かな時間、だかその時間で男の部屋には異変が起きた。
男は顔を上げ半開きの目で正面を見る。
「あ?だ、誰だあんた!?」
男の目の前には人が一人立っていた。部屋の明かりの逆光に加え、酔いで意識が朦朧として男には始めその人物が誰だか分からなかった。だが目を凝らしてその人物を見ると男は大きく目を見開いた。口を魚のようにパクパク動かした。
「あ、あんたは!何で……いや、どうやってここに入った!?」
驚き、男の手からお猪口が落ちる。酒が服を濡らしたが男は一向に構わなかった。
怯えた様子で男が問うたのは、どうやって自分に気付かれずに部屋に進入したのかということではない。完全に施錠され誰も入って来れないはずの密室であるはずの男の部屋にどうやって侵入したのかだ。
だが相手はその問いに答えない。だがその代わりに行動を起こした。右腕を横に広げ、手を大きく開いた。その次に起こった現象を男は信じられなかった。何も無かったはずの空間から突如日本刀が現れ、それを目の前の人物が握り締めた。
男の顔色が一気に青ざめる。何をされるか酔っていても理解できる。
「ま、待ってくれ!半年前の事なら謝る、あれは俺のミスだ!だから、だから命だけは!」
悲痛な表情で訴える。屈強な体躯を持つ男だが、今はそれが見る影も無い。
だが男の訴えは非常にも聞き入れられることは無かった。再度目の前の人物は答えを行動で示した。握った刀を上に掲げ、驚愕の表情の男に無情に振り下ろす。密室の中で男の断末魔が響く。だが、それは同じ建物いた人間には聞こえる事は無かった。
男は力なく床に倒れこむ。ピクリとも動かない体。するとその体はまるで岩石の風化を高速に再生したかのように細かい光の粒子状になって欠けていった。
やがて男の体はサラサラとした砂のように全て消え去り、男の存在を示す痕跡は消えうせてしまった。唯一つ、床転がったお猪口を除いて。
「始まったか」
遊軍にある自室の椅子に座りながら、博人は夜空を見上げていた。よく晴れた、月が燦然と輝く綺麗な夜空だ。
その博人の正面には園が立っていた。月明かりで煌びやかに照らされた黒髪の下、普段通りの感情を感じさせない無表情で博人を見ている。
「そしてもう少しで終わる、何もかも」
博人は口の端を曲げて笑みを見せる。その表情は昼間に見せる、人の良い瀬博人のものではない。まったくの別物、自虐的な笑み。
「怖い?」
抑揚を感じさせないか細い声で園が言う。
「手、震えてる」
「あぁそうだ、俺は怖い。今から俺がすることが果たして正解なのか、そしてその先にどんな未来があるのか。俺は死ぬほど怖い」
震える手を誤魔化すように力いっぱい握り締める。
「もう直ぐ俺は使い物にならなくなる。でもそれまではやり続ける、戦い続ける。この閉じている世界の最後まで、俺は俺の使命を果たす」




