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第一話

「ふぁ……あぁ……はぁ……」

 大きく背伸びをして、それに負けないほど間抜けな欠伸をする。そして軽く頭をかきながら、今の時間を確認する。

 時刻は八時。寝坊にはなるが、まだ許容範囲だ。俺は気だるい体に鞭を打ち、ベッドから降りて寝巻きから動ける服装に着替えた。

 この世界において時間は全ての基準。一人一人割り当てられた仕事をきっちりとこなさなければならないため、時間という概念は最重要とされている。

 よって本来ならば寝坊などあってはならないのだが、今日は俺にとってその例外に当たる一日だった。

 着替えが終わり、自室を出る。廊下を少し歩いたところで1階に下りるために階段に足をかけた。

「あー麻斗あさとさん!」

 降りようとした所で、声をかけられる。声の主は1階にいた。

 学生服にエプロンという格好のショートヘアー少女は空の洗濯籠を両手で抱え、階段の上にいる俺を見上げていた。

「完全に寝坊ですよ!遅刻ですよ!」

 まだあどけなさが残る顔の眉間に皺を寄せ、頬を膨らませている。怒っているのは一目瞭然だ。だがそれが早とちりである事を説明せねばなるまい。

「今日は休みなんだ。ホワイトボードにも休日って張ったと思うんだけど?」

 この建物に住む人間は全て予定を食堂の入り口付近に設置されているホワイトに予め知らせておく決まりになっている。

 自分の名前の横にそれぞれ前日のうちに書いておかなければならない。それがこの建物の全てを仕切っている人間―目の前の少女の決めたルールだった。

「それはそうですけど……」

 だが今その少女は俺の言葉に対して反論が思いつかないのか、戸惑っている。

「それに朝の挨拶はおはようだろ、桜。お前も出発しなくても良いのか?学校に遅刻するぞ」

 たしなめる様に言うと少女―朝陽桜は更に頬を膨らませ、こちらを睨んできた。

「今日は洗濯物が多かったのでちょっと遅くなっただけです!誰かと違って私は寝坊なんてしません」

 桜はふてくされ気味にぷいっと顔を背け、洗濯籠を持ったまま洗濯機がある洗面所の方へと向かって歩いていった。その姿を見てちょっとやりすぎたかな、と反省する。

 桜は十四歳にして既にこの建物の家事を全て1人で行っている。炊事、洗濯、掃除等々。他の住人も出来る限りの手伝いはしているが、やはり桜に依存している部分は多い。

 そのためこの建物の人間は世話をしてもらっている分、基本桜に逆らえない。だがその話は何もこの建物だけではない。

 通貨の概念が無く、食料が宿主ごとの完全配給制のこの世界において、料理を司る人間は必然的に強い力を持っている。桜はそんな、この世界で一番権力を持っている組織―家事ワーカーの中学生にして最年少の構成員だ。

家事は生きるうえで重要な立場のため、責任が重い役職でもある。だからこそ、ここの住人は桜に若干の後ろめたさを持っている。今も桜は俺たちの洗濯物のために登校時間を削ってさえいる。

 顔を洗おうと思っていた俺はそのついでに洗濯物の手伝いをすることを決めた。階段を下りて洗面所に入ろうとすると、桜と入れ違いになる。

「あれ、もう終わったの?」

「えぇ、ただ洗濯籠を置いただけですから」

 確かにそうだ。空の洗濯籠を持って洗濯機の前に行くのは干し終わった時しかありえない。

「早く顔を洗ってくださいね。もうここまで着たら食器も洗おうと思ってますので」

 根に持っているのか、桜は棘のある言い方をして俺の横を通っていった。軽く頭をかきながらその光景を見ていた俺は、更に反省をした。

 顔を洗い終わり洗面所を出て食堂に向かう。食堂には長テーブルが二つあり、その上に簡単なレースが施された白いテーブルクロスが広げられている。すでに俺がいつも座る場所には簡単な朝食が並べられていた。

 食堂は所謂学食のような形で、カウンターを挟んで台所の様子が見えるようになっている。台所には掃除をしているのか、桜の姿が見える。

 わざわざ食べ終わるのを待ってもらっているのも悪いと感じ、急いで朝食を食べ始めた。

 ものの五分で食べ終わり、カウンターへと食器を持っていく。

「ご馳走様」

「お粗末さまでした」

 桜は俺から手渡された食器を早速洗い始める。自分の食器なのだから自分で洗うのが筋なのだと思うのだが、依然それをやろうとして「私の仕事を取らないでください!」と怒られたので何も言わなかった。

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