第二十七話
夕食が終わり自室のベッドで横になっていたところ、ドアをノックする音が聞こえた。訪ね人が誰かは分かっている。俺は返事もそこそこに、ドアを開けた。開けた先には気が沈んだように暗い顔をしている伊織の姿があった。
「とりあえず中に」
「うん」
表情と同じ暗い声音で答え、伊織は部屋へと入ってくる。
しっかりとドアを閉め、伊織に椅子を差し出してベッドに腰掛けた。
「……もう一度、確認していい?」
言い難いように伊織は重い口を開いた。
「本当に麻斗君じゃない?」
問われる質問も分かっていた。そしてそれに対する俺の答えも決まっている。
「あぁ俺じゃない。今回の神隠しに俺は一切関与していない」
俺と伊織だけが共有する秘密、それは俺が神隠しの実行犯であると言うこと。この世界の平穏を壊す者、どうしても適応出来ない者を秘密裏に排除する。消すと言う名の殺害。俺が俺自身に課しているこの世界での役割であり、そして傲慢な自己満足。
「そ、そうだよね。麻斗君がそんなことするわけないよね。麻斗君は何の罪も犯していない人を…………消したりしないよね」
俺の答えを聞いて安堵したのか、張り詰めた糸が切れたように伊織は深く息を吐いた。信じてはいても、俺の口からはっきりと告げられるまでは気が気でなかったのが良く分かった。
「あぁ俺はそんな事は絶対にしない。それは越えちゃいけない」
人が人を裁く。例えそれが悪事を働いた人間であろうがその行為を個人の判断で行うのは決して褒められたものではない。だからこそ俺は神隠しに当たり当人との会話を設け、更生の意思が無い場合などに限り人を消している。
その制約により本来非道であるはずの自身の行為を正当化し、そしてその一線を設けているために俺は無作為な殺戮者の手前で踏み止まる事ができている。
「でもそれじゃあ今回の話は?」
「分からない。分からないけど俺なりにいくつか可能性は考えた。夜中に一人で町の外に出て帰って来れなくなった。また急病や自殺により存在そのものが消えたのもあり得る。そして他には、俺以外の誰かが仕組んだことってのも可能性としては捨てきれない」
「一体誰が!?」
「落ち着け、数多くある可能性の中の一つだよ。信憑性を考えるにはまだ情報が少なすぎるんだ。今言った中でどれが一番可能性が高いとかはまだ言えないよ。とりあえず今は情報を集めないと。明日にでも総樹に詳しく話を聞こうかと思ってる」
「じゃあ私も!」
「ダメだ。明日からコンサートの練習があるだろ?」
「でも!」
伊織は興奮気味に頭を振る。伊織も俺と同じで世界の平穏を保とうとする者の一人だ。だからこそこの世界で引き起こっている奇妙な現象には神経を使っているし、何とかしたいとも思っている。
だが俺が自分に世界で役割を課しているのと同じように、伊織もこの世界で役割を己に課している。
「伊織、自分の役割を忘れるな。お前は人々を鎮めるために歌う。そう決めただろ」
「それは……」
「ならお前はそれに専念するんだ。この件は俺の役割だ。俺が関与していない神隠し。その真意を探るのは神隠しの実行犯である俺だ」
例えこの神隠しが事故であれ事件であれ、世界に対する脅威であることに変わりは無い。なら俺は動かなければいけない。世界を脅かす存在を消し去るのが俺の役割であるのだから。
この時、俺は伊織に嘘を言ってはいないが、本心も告げなかった。今回の神隠しに対し俺は「俺以外の者による神隠し説」に確信に近い思いを持っていた。
しかしそれは俺と同じ行為、つまり誰にも見られず人を殺す事が出来る人物がいると言うことである。
そして俺以外に神隠しを行っている誰かを見つけた場合、お互いの消し合いという名の殺し合いが始まるであろう事は容易に想像が出来る。
それに伊織を巻き込むわけには行かない。
「……うん、分かった」
しばしの逡巡の末、伊織は頷いた。その顔は部屋を訪ねきた時よりは幾分明るいものになっていた。




