第二十六話
「状況は把握したわ。それによる新しい決まりも理解した。それで、どうする?」
その空気を打破したのは恵理だった。恵理は少しきつい口調、それもそのはずである。恵理の目線は幼稚園組の二人に向いていた。
夢だけではない。鈴も目をギュッと瞑り、傍にいる安心できる人物に抱きつきながら何かに堪える様に体を震わせている。
幼いながらもこの二人は、しっかりと話を理解しているのだ。事がことだけに今まで小さな子供が神隠しで消えた事例は無い。しかし、昨日まで普通に会話をしていた人が問題を起こし、その夜に姿を消してしまうことをこの子たちは何回も経験しているのだ。
「この子たちは今日眠れそうに無いわよ?」
「確かに、夜にする話じゃなかったかもしれないな。済まない」
「謝ってもこの子達はどうしようもないわ。そうね……ねぇ夢?」
恵理は桜に抱きついている夢の頭を軽く小突いた。
「今日はこの脳筋野郎が一緒に寝てくれるそうよ」
「脳筋て……何?」
恐る恐る、震えながら夢は泣きそうな声で訊ねる。その夢の頭を撫でながら、恵理はそれはそれはとても楽しそうに答える。
「脳みそまで筋肉の馬鹿なそこの木偶の坊の事よ」
「あ!?ちょっと、まッ!!……いえ、ぜひやらせてください!!」
反論しようとした総樹だが、恵理がキッと睨みを効かせる。まさに蛇に睨まれた蛙。加えて泣いている幼稚園児。元の世界では喧嘩が強いことでそれなりに名が通っていた総樹だが、負けを認めざるを得ない。
「良かったわね二人とも、今晩はあれが二人の言う事を何でも聞いてくれるそうよ」
もはや総樹は指示語になっていた・あまり見せない笑顔で恵理は夢と鈴の頭を撫でた。
「本当……?」
「何でも……?」
「……ど、どんとこい!!」
幼女の上目目線の破壊力は抜群だった。
「良かったな、両手に花だぞ」
「総樹さん、間違っても間違いは起こさないようにお願いします」
「え、そんな総樹君まさか!?」
「ねぇよ!!」
俺に続き、桜と伊織も茶々を入れる。日頃の恨みを晴らしておこう。悔しそうにしている総樹を見るのは楽しかった。
最終的に食卓には和やかな空気が戻ってきた。恵理は先程までの険悪な態度をしなくなった。恵理なりに、夢と鈴に気を使っているのだろう。そういうところはしっかりとしているのだが、未だに野菜ばかり食べるので桜は再び声を荒げている。
そんな桜も本当は怖がっていたに違いない。元々根が図太い恵理とは違い、桜は怪談話を怖がる。だが桜は全くそんな素振りを見せなかった。幼い二人の手前、自分がしっかりしていなければいけないと思ったのだろう。恐らく夢と鈴にとっては頼れるお姉さんに見えているはずだ。
俺の隣では総樹が苦笑いを浮かべながら、夢と鈴を見つめていた。仕方が無かったとはいえ、二人を怖がらせてしまったことに罪悪感を感じているのだろう。
そんな夢と鈴にも笑顔が戻った。屈託なく笑い、この空気を楽しんでいる。もしかしたらもう先程の話は頭の中から消えてしまったのかもしれない。
忘れてはいけない事。だがそれは、常に考えていなければいけないという事ではない。
生きるとは何かに束縛されるということだが、たまには羽を伸ばし、生きている事を実感しなければいけない。自身の存在を確認しなければいけない。
ネフェティアはなおさらそれが顕著であった。閉鎖された世界、限られた物資、生きる事を強要されている中、希望を持たなければ生活を送る事が出来ない。
クレバーに、それでいてハングリーに。それがネフェティアに住まう人が共有している意志であった。そしてそう考えることで俺も、死んだはずの自分が今こうして生きている矛盾を受け入れる事が出来ている。




