第十五話
その時、恵理を見た俺の視界の中にある物が入ってきた。
「あぁ」
その視線に気付いたのか、恵理の俺の視線の先を追って自身の背後を見た。背後の壁、そこには世界地図があった。少し年季の入ったような世界地図、だがそれは前からあった。
目に止まったのはそこではない。その世界地図のある地域に、赤い丸が描かれていた事だ。
「これは……?」
もしや、と思う気持ちを抑えて訊ねる。
「ネフェティアの大体の座標よ」
あくまで淡々と答える恵理に俺はやはりか、と心の中で何かが熱くなるのを感じた。
俺たちがこのネフェティアで目を覚まして、もう直ぐで二年が経つ。その長い間、俺たちはこのネフェティアがどんな場所であるかを全く知らずに生活をしていた。ここが地球なのかどうなのか、そういう疑問すら持つほどだった。
その状況を打破するために組織されたのが研究だった。彼等はネフェティアがどういった場所かを解き明かし、また生活を向上させるために尽力している。先ほどの栄養剤もその研究結果の一つ、と言う事になる。需要があるかはまた別の話だが。
「ここが俺たちの住んでいる場所……なのか?」
ともあれ、今回のことには流石に驚きを隠せない。俺は先ほどの恵理ではないが、地図をまじまじと見た。
「えぇ。昼間には太陽、夜には月が昇っているからここは地球の可能性が高い。それを考慮して星の動き、気候、日照時間などを総合的に判断して導き出したのがここ」
恵理は近くにあった長い棒を持って世界地図に描かれた赤い丸を指した。
「ここは日本よ」
赤い丸は日本の右側を少し行ったところ、太平洋を囲んでいた。ここが日本、それが俺を驚かせた。いや、確かに驚きはしたが心のどこかでやっぱりかという気持ちもあった。
冷静に考えてみれば分かることだ。ネフェティアには日本人しか住んでいない。そして、ネフェティアに存在する書物は海外の原本などを除き、ほぼ日本語で書かれている。よってネフェティアは日本語圏である事はおのずと理解できる。
だが俺はその場所を見て更なる疑問を持った。
「でもそこは海だろ?ここは孤島だって言うのか?」
ネフェティアには塩分やミネラルを含んだ湖がある。町の水道水はその水を浄水して得られており、少し生臭い匂いが残っていてあまり俺は好んでいない。地下水などで真水を拾えないものかと常々思っている。また魚介類もある程度そこで賄っている。だが海と言うものは未だ存在が確認されていない。
かつてネフェティアを囲む森を探索する部隊を結成した事があった。森を抜けた先に普通の世界が広がっていると信じられていた頃だ。信じられていたということはつまり、もう誰も信じていないと言う事だ。
探索隊はネフェティアという土地について殆ど成果をあげることなく町へと戻ってきた。どこまで進んでも深い森、目印になるのは何もなかったという。そんな状況、探索隊が戻ってこられた事すら奇跡に近かった。