第十二話
何個もの扉の前を通過して、俺は四階の突き当たりにある恵理の部屋の前に来た。
研究の副代表である九生恵理はこれも変わり者で、常に部屋の扉を外している。開けているのではない、扉自体を外してしまった。引きこもりのくせに閉め切った部屋は嫌いらしい。なら窓を開けろと何度言ったことか分からない。だからこそ、部屋に入るのに特別な緊張など無かった。
恵理の部屋は昼間にしては薄暗かった。蛍光灯も点けていないようだ。俺は入り口付近にあるスイッチを入れる。部屋の状況が一気に視界に入った。
「おい恵理ー。いるかー?」
恵理の部屋は副代表というだけあり広い。畳近い広さを恵理一人で使っている。だがその広さを感じさせないほど恵理の部屋は様々なものでごった返していた。大量の書物と書類が部屋の大半を占めているのである。お世辞でも整理整頓されているとは言えない。
「大掃除した痕跡が一切消えてるな」
それが俺の心を暗くした。総樹や桜などにも手伝ってもらい恵理の書斎を大掃除したのは先月の始め。三日ほどかけて掃除したのにもうこの有様だ。努力が完全に泡と消えていた。
聳え立つ本の山を避け進むと、肝心の部屋の主は直ぐに見つかった。恵理の部屋の奥には大きな木製の執務机が設置されている。十代の少女が使うにはいささか仰々しい作りの机に、それは座っていた。
長くさらりとした黒髪を片方の手で弄び、綺麗に揃えられた前髪の下にある鋭い両目でこちらを見据えている。顔の線は細く、まるで病人のような肌の白さを持っている。薄幸の美女という表現が良く似合う。日本人形の様な容姿である。
それがこれまた仰々しい椅子に座り込み、あろうことかティーセットを片手にティータイムを楽しんでいる。何故かその机の上は部屋の様子に反して綺麗に整頓されていた。
恵理の視線が俺に向けられる。伊織とは違い、つり目気味の目は何とも言えない威圧感を放っている。
「入る時にはノックくらいしたらどうなの?」
ティーカップに口をつけながら、興味ないのを前面に押し出した声で聞いてきた。
「ならノックする扉をくれないか?」
「壁でもノックすれば良いじゃない」
「そんな硬いものノックできない。それにノックした所で返事なんてしないだろ」
「それもそうね」
恵理はあっさりと自分の言葉を撤回した。全く今の会話の意味が分からない。
九生恵理。彼女もまた伊織と同様に現実世界で既に知名度が高かった人物の一人だ。特徴はなんと言ってもその頭の良さ。当時IQ180の天才少女として日本中を騒がせた存在である。
俺もテレビで何回か見たことはある存在だったが、あくまでもそれは見た目の情報である。性格まではつかめない。
「まぁいいわ。それで今日は何の用?私はあなたを呼んだ記憶などないのだけれど?」
まるで俺の存在をうざったがるように言う。恵理はそういうところを遠慮しない。媚を売ったりしないタイプだ。