第九話
その後、男子に「今度遊ぼうぜ!」と声をかけられて手を振って答え、先ほどの場所で立ち尽くしている伊織に近づく。
「あ、ありがとう麻斗君」
伊織は初対面の相手に挨拶するような緊張感を持って言ってきた。
「ああいう時は無理矢理にでも持っていった方が良いと思う。何言っても反抗してくるだろうから」
「そ、そうなの?」
「反抗期って訳ではないけど、夢は力ずくで良いと思うぞ。って、伊織には少し厳しいか」
女性の、しかもネフェティアのアイドルに子供を引き摺らせるのは見た目的にもあまりよくない。そもそも伊織はそこまで思い切りの良い性格ではないし、どちらかといえば鈴をそのまま成長させた形に近いのでやれと言われても出来ないだろうな。
「私、ああいう時どうすれば分からなくて」
手を合わせ、伊織はしょんぼりする。これは完全に自信無くしているな。
「そうだなぁ……」
アイドルと言っても伊織もまだ年代的に言えば高校生。いくら仕事に就かなければいけないとしてもまだ大人になったわけではない。そう考えると教育者になるにはまだ早い。
と自分を棚に上げて考えるが、良い案は特に浮かばない。
「叱ったりするのは経験がものを言うからなぁ。伊織ならその若さを武器にすれば良いと思うが」
「若さ?」
「せっかく歳が近いんだから叱ったりする先生じゃなくて、もっと友達みたいな身近な先生で良いんじゃないか」
俺の言葉に伊織はきょとんとした表情をする。伊織はアイドルだが、オツムはそこまでよく無い。お馬鹿というよりは天然と言った感じ。まぁどちらにしろあまり変わらないか。
「叱ったりするのは他の先生に任せて、伊織は園児たちと遊んでいれば良いってことだ」
「え、でも……」
伊織は不安そうに呟く。
「というか俺に聞くより他の先生と相談してくれ。結局俺は外部の人間なんだから」
遊軍の俺は教育の手伝いは出来てもその業務体系には口を挟めない。協力はすれども過度な干渉はしない。それがネフェティアの組織全てに定められた重要事項の一つだった。
「うん……分かった。何とか頑張ってみるよ」
伊織は胸の前で拳を握って意気込んだ。小さい頃からの夢だと言う事で、伊織は幼稚園の先生にかなりの気合を入れている。純粋に自分のやりたいことに真っ直ぐ向かっている。それが眩しく見えたのは、きっと見間違いではないだろう。