第八話
「勝手に動いちゃダメって言ったでしょ?」
腰に手を当て薄ピンクの唇を曲げながら伊織は夢たちを叱咤する。伊織はアイドルとして働く一方、教育として幼稚園の先生を仕事としている。知り合ってまもなくの時、恥ずかしながらに小さい頃からの夢だったことを語っていたことも思い出す。
「だって麻斗お兄ちゃんがいたんだもん」
「夢ちゃんずるいよ」
俺の腰に抱きついている夢を見て、鈴も真似をして抱きついてきた。いくら幼稚園児とはいえ、二人分の重さを引きずって歩く力は俺には無く、そのまま立ち尽くしてしまう。引き剥がすのも何か気が引けた。
すると伊織は俺に目線を向けた。
「そ、そんなの理由になりません!麻斗君からも言ってください!」
「は、はい」
急に話題を振られ、思わず敬語で頷いてしまう。
「えー麻斗お兄ちゃんえー」
反論して暴れようとする夢を引っぺがす。すると鈴もそれに続けて俺から離れた。
「もう昼食べ終わったのか?」
ふてくされて頬を膨らませる夢の頭を撫でる。
「た、食べ終わったもん」
「本当はまだ食べ終わってないです」
全く、と伊織が速攻否定。
「私本当に食べ終わったもん!」
すると夢が俺の服の裾を掴んで反論。
「食べ終わったっていうのは、お弁当に入ってるものを全部食べないと言えないんだぞ」
「……」
黙るなよ。
「食べ終わったのか?」
夢は意図的に俺から視線を逸らした。俺は夢の隣にいる鈴を見る。俺に見られた鈴は焦ったように「えーっと……えーっと」と呟きながら両手を口の前に持ってきてそわそわした動きを見せた後、
「人参……残してたよ」
「鈴ちゃん言っちゃダメ!」
「はい夢連行」
俺はしがみ付いている夢をもう一度引き剥がし、手を引っ張って引きずるように運んだ。
暴れようが所詮は幼稚園女子、一人ならば俺でも運ぶことは出来る。夢が暴れながら引き摺られていく光景を伊織が唖然として見ているが、下が芝生なので怪我の心配は無い。汚れてしまった服の心配の方をすべきだ。
「あら、麻斗君こんにちは」
集団に近づくと、園長先生が声をかけてきた。ネフェティアの中で年長者に当たる園長は皆のおばあちゃんの様な立場として、多くの人から信頼され、教育の代表も務めている。
園長先生は俺が夢を引き摺っているのを見て怒るのかと思ったが、逆ににっこりと笑った。
「ごめんなさいね夢ちゃんが」
「いえ、元気なのは良いことだと思いますよ」
すっかりふてくされている夢と、戸惑い気味の鈴を園長先生に預ける。
「はい夢ちゃん人参食べましょうね。人参食べられない子は神隠しにあっちゃいますよ」
「や、やだ!!」
園長先生の言葉に夢は怯えたように、大きく声を上げた。
神隠しに逢う、少々古典的な脅し文句になるかもしれないが、このネフェティアでは良く使われる言い回しだった。悪い事をしたら神隠しに逢う。
「人参ちゃんと食うんだぞ」
すっかり怯えた夢にそう言った。