neunzehn
「さて……」
俗に探偵と称される人間は謎解きの前に決まってこの台詞を口にするという。何の意味があるのだろうかと不思議に思うのかもしれないが、それは様式美なのだと言われてしまえば何も言えない。しかしそういった探偵達はこのお決まりの言葉を口にしながら、終演の舞台――ここで言えば一堂に会したこの室内だ――を歩き回るのだそうだが、これも如何してそんな無駄な動作を、と思っても「それも様式美だから」と言われれば「そういうものなのか」と納得するしか選択肢は無い。
さて、クリスの先程の発言を記してみるとその「探偵」という人種にこの青年が属していると見えなくも無い。しかし彼は室内を歩き回るどころか椅子に深く腰掛けたまま不遜な態度を崩そうともしないし、現実の彼は「探偵」とは似ても似つかない人間である。
彼は物語に出てくるそれらの様に「解決」と「救済」をもたらしはしないし、最後に待ち受ける結末は「大団円」ではあり得ない。何度もしつこい様だが、この青年は「救済者」ではないのだから……。
物語の中の「探偵」は「解決」だけでなく何かしらの「救い」をもたらさなくてはならない。それが被害者にとってでも関係者にとってでも、あるいは犯人その人にとってでも、だ。登場人物の各々が大なり小なりの「結末」を求める、それが物語の中の「探偵」という存在なのだ。
そう考えれば如何にもクリスはらしくない、と分かるものである。
彼が先程一同に聞かせた一見それらしい台詞も、それは一同の意識を自身に引き寄せるためのものであってそれ以上の意図は存在しない。間違ってもアレクに「様式美」なるものを言って聞かせた人物が言うそれをクリスが意識しているはずがないのだ。
「私の依頼人はデリア嬢でした。そしてここ最近のご自身の奇妙な変調の原因を知りたい、そして出来る事なら、その原因を取り除きたい、そうでしたね?」
「えぇ、その通りです」
クリスの同意を求める声にデリアは弱弱しいながらも首肯した。
「そして私達はデリア嬢の異変を調べるためにこの邸を訪れる運びとなったわけですが、ここでひとつ問題があった。ここに居る人間に隠す必要はありませんから、はっきりと言いましょう。ご令嬢の話を聞く限り――おそらくご家族も思った事と思いますが――その症状は精神的なものと考えるのが最も妥当と考えられました。勿論他の理由も可能性としては存在しましたが、わざわざ他の可能性を挟むのが必要なほどとは思えませんでした。しかし幸か不幸かデリア嬢はこの国でも屈指の商会の一人娘でいらっしゃいます。この手の病は多くの場合において醜聞となり得ます。デリア嬢の親であると同時に商会を束ねるお立場のコルネリウス夫妻はご令嬢の様子に懸念を感じながらも、商会の痛手になる可能性のある事態は避けなければならなかった……」
クリスの言葉にコルネリウス夫妻――特にハーゲンは複雑な面持ちで頷いた。人の親としては決して褒められた行為ではなかったが、商会を束ねる代表という立場の彼からしたらいたしかないだろう。それは体面を重んじる立場の人間なら多かれ少なかれ感じる葛藤だ。
「そこで一計を案じた貴方方は私達部外者を招いても不思議ではない、先日行われた夜会に私達部外者を招待する事にした。人は多少の疑問を抱いたとしても、私達があの場で初対面だった、という表向きの事実があったら一応は納得するものです。加えて非常に不本意ながら、私とそこの男は面識があるという事になっています。その後についても例えば、ご当主と私が気が合いしばらくの滞在が許された、という様な流れでもってくる予定でした。しかしそうも言っていられない不測の事態が発生した。それが、デリア嬢のご友人のお一人であるツァンパッハ子爵令嬢の殺害です」
クリスの言葉に空気が張り詰めた。しかし重苦しい沈黙を意に介する事なくコンラートが笑いながら言葉を挟む。
「長い前置きはいいよ。ここに居る人間は僕を含めて事のあらましをほとんど理解しているのだろう?ならわざわざこの様な不必要な手順を踏む必要性は無い」
「だからお前はいい加減だと言われるんだ。いくら起こった事象は一つだとしても各々の頭の中にはそれぞれの真実が存在している。記憶とはそれだけ恣意的なものだからだ。記憶してるのが人間である限り、正確な記録は不可能だ。どこかで意識的にしろ無意識にしろ改竄される。だからこうしたすり合わせは必要不可欠なんだ」
「そういうものなのかな?」
「……お前は普段はいい加減だが、妙な所で粘るな」
微妙に納得してなさそうなコンラートにクリスはやれやれと首を振る。
表向きは他人に慇懃に接するクリスだが、コンラートには杜撰な対応をするのが仲が良いと誤解される原因の一つなのだが、果たして彼はその事に気付いているのだろうか。しかし気付いた所でコンラートに慇懃に接するクリスというのも想像するだけで背筋が寒くなるが、クリスが態度を改めた所でコンラートが今のままの態度を貫く限り周囲の妙な認識が解かれる事はないと思われる。
「この後に同じくデリア嬢の友人の一人であるエッケルマン男爵令嬢が殺されます。この二つの事件の因果関係は不明ですが、これらの事件を境にデリア嬢の容態は目に見えて悪化し始めました。もはや、隠し立てするのが不可能な程に」
「申し訳ありません……」
「いえ、決してご令嬢を責めている訳ではないのです。これから話す事の多くは事実確認ですから、何の含みはないとご理解下さい」
いっそ冷淡とも言える声音でクリスはデリアの謝罪を切り捨てる。
「では、話を続けましょう。先程も述べた通り、本来私が依頼されたのはデリア嬢の異変に関してでした。この二つの事件は私には何の関係のない事です。もっとも最初の事件が起こった夜会に招待されていた、という意味では関係者と呼べなくもありませんが……」
クリスに視線を向けられたクナープ中尉は微かに苦笑らしきものを浮かべて、首を左右に振った。
「確かにクリス殿のおっしゃる通りです。しかしあの夜会の場――つまりこのコルネリウス邸ですね――に居た人間はこの邸の使用人も含めると莫大な人数になります。加えて犯人はこの中にいるとも言い切れません。外部犯の可能性の捨てきれませんからね」
「だそうです。つまり私は何とも微妙な関係しかない訳です。しかし……」
クリスは痩せ衰えたデリアの青白い面を見やった。
「デリア嬢のここ最近の悪化の原因はご友人の殺害が関係していると考えるのが当然でしょう。例えご令嬢の異変の原因――私に依頼があった時点のものですが――が例え判明したところでどれだけその容態が改善されるか、と言われれば首を傾げざるを得ない。そこで私はご令嬢の二人のご友人が殺害された一連の事件を先に片付けてしまう事にしました。……不本意ながらですけれどね」
クリスは肩をすくめて、如何にも致し方なくという風に言った。
デリア本人やその両親と婚約者、またこの事件の解決に奔走しているクナープ中尉が目の前にしながら自身の本音を躊躇なく吐露するクリス。加えてそこに簡単な幼児の遊戯をするかの様な、非常につまらなそうな様子を含んでいるのだから、この一連の事件に程度の差はあれども心身ともに追い詰められている彼らは各々に複雑な表情を見せる。
しかし同時に傲慢なまでの自身を滲ませるクリスに、彼らが個々人に安堵を感じているのもまた事実であった。
「それでは、状況の整理を進めていきましょう。まずこの2件の事件が関係があるとの仮定で話を進めていきます。これは共通の認識と私は考えているのですが、どうでしょうか?」
クリスはそうクナープ中尉に確認をした。
中尉はクリスの問に曖昧に苦笑を返しながら肩をすくめる。否定も肯定もしなかったが、この場合は否定をしなかったという事は肯定と捉えても問題はないだろう。クリスは軍部の捜査の方針を暗に尋ねた訳ではあるが、軍人の中尉が表立って組織の情報を漏らす訳にはいかない。しかしクリスを敵に回すのは得策ではないと知っている彼は、青年をはっきりと拒絶する事も出来ず曖昧な態度で問を肯定したのだった。
しかしこうして衆人の前で客観的な材料を提示するのが問の目的だったクリスは、改めて尋ねるまでもなく軍の方針など百も承知だった訳で、苦し紛れの中尉の協力もあっさりと頷いて流してしまう。
「殺害された二人の令嬢は確かにデリア嬢のご友人でしたし、この二人自身も友人として交友がありました。しかしただそれだけのことで一連の事件が関係あると結論を出すのは早計です。他にも考察の余地は十分に残されているからです。それでは何故、一見安易にも見える結論を私や軍部は出したのでしょうか?私は勿論、軍も決して無能ではありません。まず理由の一つ目ですが、それは二人の令嬢の亡骸の状態が挙げられます。あまり詳しく話すと気分を悪くするかもしれませんが、この場にはご存知でない方もいらっしゃるでしょう。それは公平ではない。そこで簡単に説明させて頂きますが……」
「すみません、クリス殿。この場には女性もいらっしゃる訳ですし、その件は……」
「お気遣いありがとうございます、中尉様。しかし私は知りたいのです。……お母様もかまわないですよね?」
顔色を悪くしながも気丈に言葉を挟んだデリアに、中尉は言葉を飲み込む。
そして娘に問われた夫人は彼女と大差ない顔色をしていたが、小さく頷いて肯定の意思を表した。
「……どうぞ、クリス様。進めてください」
「分かりました。簡単に言わせて頂くのならば、遺体の四肢がもがれていたり顔に大きな傷が付けられていたりと……まぁ、激しい欠損が見られてそうです。切り離されていた部位はその場に残されていたそうですから、現場はそうとう酷いものだったでしょう。何でも発見した使用人の方は精神に異常をきたしてしまったとか……それだけで推し量れるというものです。そしてこの凄惨とも言える状況は二件目の事件にも当てはまるとか……。そちらも発見者はお気の毒としか言えませんね」
全く気の毒とも思ってもいない様な軽い口調でクリスに、アレクは内心でため息をこぼしていた。
アレクはクリスの背後に控えながら、この衝撃的な事実を聞かされた室内の人間達の様子をこっそりと伺った。
デリアと夫人は顔色を青を通り越して白と呼んでも差し支えない色にしながら驚愕を表している。ハーゲンとエドヴァルトは邸内で起こった一件目の事件の詳細を既に知っていたが故に予想が出来ていたのか、彼女達に比べたら比較的落ち着いている様にも見える。コンラートは相変わらず、何を考えているのか分からない。
そしてクナープ中尉はクリスが事件の詳細を既に把握している事に複雑な心境なのだろう、どういう反応をすればいいのか困惑しているのが見て取れる。そもそも事件の状況を発見者の使用人からの報告を聞いていたハーゲンとエドヴァルトは別として、こうした事件の詳細というものは緘口令が敷かれのが常である。それは事件の詳細は犯人も含めて関係者しか知り得るはずのない情報であり、容疑者の特定に使用される。詳しい情報を伏せるのは捜査の常套手段であった。
そのため本来ならそれらを把握しているクリスは異常なのだが、クリスがこれらの事件に関与している事はほぼないと確信し、なおかつ彼なら本来手に入るはずのない情報を手にしていても全く不思議ではないと思えるだけにクナープ中尉は自身の取るべき反応が定まらないのだ。
「そして二つ目の理由ですが、二つの事件の現場に残されていた物が共通しているという事です。それは幼児が持っている様な人形だそうですが、その人形も著しい欠損が見られ、尚且つ遺体と欠損箇所が一致しているのだとか……」
「……よくご存知ですね」
「目と耳は何処にもあるものですからね」
「……そうですね」
もうクナープ中尉は何かを言う事も追及する事も諦めた様だ。しれっと密偵の存在を窺わせる発言をするクリスに、幾分疲れた様子で頷く。
「この人形はどちらも殺害された令嬢ご本人の持ち物だったそうです」
「……おそらく私も全く同じ物を持っています」
「そうですか、友人同士が同じ人形を持っているのは別に不思議な話ではないですからね」
「確か外国の珍しい人形が複数手に入ったとかで、娘と友人に私が送った物だと思います」
「今ハーゲン殿がおっしゃって下さいましたが、大変珍しい物だとか。外国のものですから、この国で入手するのは難しいと言わざるを得ません。加えて二人のご令嬢の遺品の中に件の人形が無かったそうですし、これらの状況が証拠となって、本人の持ち物であると特定されたのです。恐らくこの人形を傷つけて現場に残したのは犯人と考えられます。もっともその行動に含まれる犯人の意図に関しては、事件そのものに関係が無いと思われるので、ここでは触れませんが……」
ここまで聞いた限りでは、二つの事件が同じ犯人によって行われた、もしくは関係があるという見方は筋が通っている様に聞こえる。この軍の見解に関してクリスが否定をする事なく、前提として話を進めている事から事実から大きく離れてはいないのだろう。
「ちょっといいかな、アル」
「それでは話を進めさせて頂きますが……」
「こら、あからさまに私を無視しないでよ。私も一応は関係者なんだよ?ちょっと疑問に答えてくれるくらい、いいじゃないか」
「……何だ?」
「そんな嫌そうにしなくても……。まぁいいや。君の照れ屋な性格は昔からだからね。今更気にしないでおくよ」
「戯言はどうでもいい。早く話してくれないか」
「せっかちだなぁ、もう。いや、ただね、君は人形の意図は事件に関係ないから流すと言ったが、私はそこがいささか気になるんだよね。君の個人的な意見でいいから、犯人の意図とやらがどういったものなのか聞かせて欲しいな、と」
コンラートは青筋を浮かべるクリスを気に留める事なく、自身の疑問を投げかける。
「君がはっきりとした証拠もない推測とやらを口にするのが嫌いな事くらい知っているよ。君は神秘に興味を示すくせに理論も大好きだからね。今時点でこうだろう、と思っている事でいいんだ。で、どうなの?」
クリスはしばらく逡巡を見せていたが、やがて諦めた様に大きなため息をつき、仕方なくといった風情で口を開いた。
「この現場に残されていた人形は殺された令嬢の持ち物だという意見に私は賛成しています。そしてこれを遺体に酷似した状態で現場に残した。この人形を彼女達本人から手に入れたのか、人知れず盗み出したのかは定かではありませんが、一連の作業は決して簡単な事ではない。むしろかなり手がかかる作業でしょう。特にわざわざ遺体を傷つけるという工程が、時間も手間をかかり事件の詳細の露呈をもたらす危険性を孕んでいる。わざわざそれをする事に利点は存在しません。しかしそれをあえて犯人がしたという事は……」
クリスは僅かに言葉を切った。
「犯人はよほどこの二つの事件が関係があると、周囲に示したかった。そして小道具がこの人形でなければならなかった、つまりその人形に強烈な執着があったと考えられます。……もっとも、これはただの私の想像でしかありませんが」




