◆第7話◆
これは、Dear Girlの続編に登場した真夕の後輩にあたる三田村亜希子が、横浜に住んでいた時のお話です。真夕の話と違い、あまり爽やかさは無く、少し生々しい描写もありますのでご了承下さい。
金曜日の放課後、僕はサクラと待ち合わせて校門を出た。
「今日は、自主連の日なんだ」
「帰っちゃっていいの?」
「ランニングだけしてきた。みんなそんな感じ」
彼女は笑いながら「ほら、大会終わったばっかりだから」
高校総体は僕の知らないうちに始まり、知らないまま終わっていた。
そう言えば、応援がどうのって担任が言ってたっけ。
駅を一つ越えた所に結構有名なオープンカフェが在る。
僕たちはそこでケーキを食べながら、お茶をした。
「サクラって、彼氏いるの?」
「うん……いちおね」
「同じ学校?」
「ううん、Y工の人」
「めっちゃ硬派じゃん」
サクラは少し照れたようにクスッと笑って
「亜希子は?」
「いないよ」
「うそ……」
「ほんと」
「いくらでも寄ってくるでしょ? 好みウルサイんじゃないの?」
「少しね」
そう、僕の好みは普通と違う。女性だから。
……だって、それが僕にとっての異性なんだから。
「そうか、ウチの学校あんまりイケてる男は少ないからね」
「そうそう」
僕は大きく頷きながらケーキを突いた。
「バスケ部の塚本先輩は?」
「ああ、確かにマシだけど、面式ないから」
「亜希子も運動部に入ればいのに。活発そうじゃん」
彼女は食べ終わったケーキの皿をテーブルの隅にどけて、オレンジダージリンを口にした。
「ああ、規律がどうも面倒でさ」
僕が苦々しく笑うと、サクラは声を出して笑った。
「そんな感じする」
僕たちは駅で手を振って別れた。
今日はこんなもんでいいだろう。
帰り道、家の近くの駅でオサムに会った。彼もちょうど部活が終わって帰ってきた所らしい。
昌美とは会っていなかったのだろうか。
「よお」
軽く手を上げる彼に僕は
「今帰り?」
「うん。もうヘトヘト」
彼はそう言って笑った。
何だか最近またサッパリとした笑顔が戻った気がする。
しかしそれは、きっと昌美で欲求を発散させているからに違いないと僕は思っていた。
だから、オサムがサッパリした笑顔を見せれば見せるほど、彼女とのセックスを思い浮かべてしまう。
僕は、彼との分かれ道まで来ると
「じゃあね」
そう言って、急ぐように駆け出した。
* * * *
初夏の陽差を浴びながら、汐風がそよぐ青空を僕はしばらくの間眺めていた。
指に挟んだタバコは、何時の間にか全て灰になってゾウの鼻みたいになっていた。
動いた拍子に灰は風に飛んで、フィルターだけが指の間に残った。
後ろでは幼稚園児たちのはしゃぐ声が聞こえる。
遠足か、それともただの写生会なのか、みんな各々に写生板を持って、あるものは神妙に景色を眺め、あるものはただ奇声を発しながら走り回っている。
僕は一人で山下公園に来ていた。
昌美がオサムと付き合いだした今、気軽に誘う友達なんていない。
僕が本物の女子高生なら、きっと街をぶらついて適当に声をかけてきた男と一緒に時間を潰して、ラブホなんかに入ったりするのだろうか。
しかし、僕にはそんな憂さ晴らしさえ出来ないのだ。
男でありながら女の身体をしている事を性同一性障害というそうだ。そんな連中が世の中には山ほどいるらしい。
その割に出会った事が無いのは、みんな僕と同じにその事実を隠しているからに過ぎないのだろう。
僕は図書館や書店を回って自分なりに調べてみた。
FtM−GID……医学用語ではそう言うラシイ。
女の身体で男心を持つ少女は以外に多いそうだが、完全な男性を性自認する例は少なく、男の身体で女性を性自認するMtF−GIDの方が圧倒的に多いのだそうだ。
ニューハーフはMtF−GIDなのだろうか? 僕はそんな素朴な疑問を抱いたりする。
『性別違和感によるストレスで極端なケースでは、ペニスを切断するMtFや、乳房を引き千切ろうとするFtMも存在し………』
僕は気分が悪くなって、本を閉じた。
図書館にいた僕は、何だか息が苦しくなって急いで部屋を出ると、階段を駆け下りて建物の外へ出た。
梅雨の晴れ間の湿った熱い風に煽られながら、深く息を吸って近くのベンチに腰掛けた。
胸のムカつきを押さえるために、バージニアメンソールを口に咥えて火をつけた。
空に向かって煙を吐き出すと、太陽に照らされながら白く広がってあっという間に風に流れていった。
僕はそのまま電車に乗って桜木町まで来てしまった。
途中で昌美に電話しようと思って携帯を手にしたが、結局かけなかった。
公園の縁から揺らめく海面を覗き込むと、そこにはショートカットの少女の姿が波間に漂うように映っていた。
やっぱり僕はひとりだ……