◆第5話◆
梅雨入りにはまだ早かったが、この日、厚い雲からは一日中雨が降り注いでいた。
部活が無いと言うオサムと途中で落ち合い一緒に帰る。
昌美は図書委員の当番で、今日は居残りだ。
僕たちは大きな公園の中を横切って遊歩道を歩いていた。道なりに歩くよりも駅までの近道になる。前方には人影もあったが距離はあった。
オサムは少し強い力で、突然僕を遊歩道から押し出すと、木陰でキスをしようとした。
僕は慌てて傘を離して、両手で彼を防ぐ。
「駄目だよ」
「なんで?」
「どうしても、駄目なんだ……ごめん」
細い雨が僕の髪の毛と肩を濡らした。
「じゃあ、何で俺と帰ったり出かけたりするんだ」
「そんなの……オサムのサバサバしたところが心地いいから……」
オサムは腑に落ちない顔で僕を見つめていた。
僕は、濡れた前髪が額にへばり着くのを感じながら俯いて
「ごめん……いやなら、もういっしょには……」
「いや、いいよ。俺の方こそ勝手に思い込んでごめん」
オサムはそう言いながら、僕の傘を拾い上げて差し出した。
「あのさ……今まで通りの付き合いでいいの?」
僕はこの際二人の関係をはっきりさせておいた方がいいと思った。
僕は絶対に男とキスは出来ないだろうし、その先なんて想像するのも怖い。
どれだけオサムと一緒にいても、彼の気持ちに応える事は出来ない。
「うん。亜希子がそう言うんなら、それもいい」
オサムは、そう言って何時もの笑顔を見せた。
僕は、このまま友達でいられると思った。
陽射しは日に日に強さを増して、雲は白さを増してゆく。
僕の願いは叶わなかった。
オサムとあんな事があった後、僕たちは教室の外ではほとんど会わなくなった。
やっぱり少し気が引けた。
彼から見れば僕はどう見ても女なのだから仕方がないだろう。一度芽生えた気持ちを無理に消す事は出来ない。
オサムが僕の為に今まで通りを装っても、何処かで無理をしている、何処かで僕の身体を見ているのだと感じてしまう。
僕はこうして何時も、心の同性である男と関わる事ができなくなる。
どうして親しくするとみんな、自分に妙な気があると思い込んでしまうのだろう。
どうしてただの友達でいられないのか。
僕は、こんなに昌美を好きな気持ちを抑えながら、普通の友達としてうまくやっていると言うのに。
どうして、あいつらにはそれが出来ないんだ……
そんなある時、昌美からメールが届いた。
『男Get!』
男? 塚本先輩だろうか。
確かに昌美はモテるから、コクる勇気さえあれば、きっとOKが出るかもしれない。
しかし、それは僕の予想とは全く別の出来事として現実に現れていた。
次の日、学校帰りに昌美は言った。
「ねえアッコ、オサムの事どう思う?」
「えっ? オサムって、三浦オサム?」
「何かさ、アッコ、彼のこと好きなのかなぁって」
「そんなわけ無いよ。何で?」
「ほんっとに、本当っに、何にも思ってない?」
「うん。全然。まったく」
昌美は、少し遠慮がちな笑みを溢しながら
「あたしさぁ、昨日…オサムとエッチしちゃったんだ」
僕はこめかみに冷たい電気が走ったような気がして、血の気が引いていく思いだった。
確かに、クラスの男共は昌美と仲良くしたがる。
僕が意外に素っ気無い態度を取るのに比べて、昌美は聞き上手なところがあって、話していて楽しい部分もあるのだろう。
しかし、少しでも楽しい話題をネタに、彼女と距離を詰めようとしているのが見え見えで、それは昌美自身もわかっていただろう。
でもどうしてオサムと? そんなに親しい感じも見受けられなかった彼と?
「そ、そう。どうだった?」
「そ、そんなの、初めてだったから判らないよ」
昌美は顔を紅潮させて大げさに笑って見せた。
僕は自分がどんな顔をしているのかも判らずに、ぼんやりと彼女の笑顔を見つめていた。