◆第30話◆
2対1だった。僕は自分の華奢な身体を恨んだ。
こっちを掴めば、あっちからどつかれる。
3人とも揉みくちゃだったが、当然僕は不利だった。
バリバリっと音と立てて、ブラウスのボタンが殆ど飛んで、肩の部分も裂けた。
下着が露になっても、反撃を止めるわけにはいかない。手を止めたら絶対負ける。
僕はデブの茶色い髪を思い切り掴んで引っ張り続けた。
ノッポの攻撃を防ぐためには、足も使う必要があった。
無我夢中で僕の蹴り出した足が、スカートの上からノッポの股間にめり込んだ。
彼女は苦悶の表情で身体を折り曲げた。
女性にも効くのだろうか……蹴られればとりあえず痛いという事か。
一人欠けた隙に、茶髪の髪の毛を再び引き寄せて腹に蹴りを入れる。
「おい! 何やってんだ!」
誰かの声に、二人は反射的に僕から離れると、駆け出してあっという間に姿を消した。
凄い早業だった。
「亜希子か?」
そこに現れたのはオサムだった。片手にサッカーボールを持って佇んでいた。
「ど、どうしたんだよ……」
オサムは、僕の引き千切られたブラウスを見て言った。
僕は思わず両腕で胸を覆って、彼に背を向けた。
「こ、こっち見るなよ」
「あ、ああ。ごめん」
彼も慌てるようにそう言ってから後ろ向きになって
「何があったんだ?」
「ただの、ちょっとした喧嘩だよ」
「ちょっとしたって……」
「ねぇ、教室からあたしのジャージ取って来て」
「えっ?」
「ジャージ。こんな格好じゃ、先生にでも見られたらヤバイし」
「あ、ああ。ちょっと待ってろ」
オサムはそう言って、校舎へ駆けて行った。
僕は、誰にも見つからないように、身体を低くしてその場にしゃがみこむと、深く息をついて肩をすくめた。
何度か蹴られた脇腹が少し痛んだ。
オサムは息を切らして直ぐに戻ってきた。
大きく弾ませる息で、3階の教室までダッシュで行って来たのがわかった。
「ありがとう……」
僕は、彼から自分のジャージを受け取ると、背を向けたまま隠しもせずに、破れたブラウスを脱いでジャージに着替えた。
オサムは、慌てて反対側を向いたようだった。
「部活、途中じゃないの?」
「あ、ああ」
「もう、行きなよ」
「お前、大丈夫なのか」
「大丈夫だよ」
「でもさぁ……」
僕はジャージのジップを首まで上げると、破れたブラウスを鞄に詰め込んだ。
「オサムの奴何処迄行ったんだ」
その時誰かの声が聞こえた。
「ニューボールの場所、教えたか?」
「知ってるだろ」
誰かがこちらに歩いてくる気配がした。
「ほら、先輩に叱られるよ」
僕がオサムを促すと、彼は思案に暮れたような顔をしてこちらを一瞥し、小走りに声のした方へ向かった。
僕は一つ溜息をつくと、鞄を手に昇降口へ向かった。
昇降口には人影が見えた。
さっきのノッポの方だった。
乱闘では、身体を殴っても蹴飛ばしても髪の毛を掴んでも、3人共お互いの顔には手を出さなかった。
女同士が、無意識に顔を傷つける事を拒んでいるだろうか。
だから、相手の顔にも手を出さなかったのかもしれない。
僕が彼女に向かって駆け出すと、気配と足音に気づいてノッポはこちらを向いた。
声を出す間も無く、僕は鞄で彼女の顔面を力任せに打った。
ノッポの身体は後ろに弾けるように跳んで、思い切り床に倒れた。
下駄箱の陰には、茶髪のデブもいた。
「ちょっと、何あんた?」
とっさに声を上げる茶髪だったが、僕は続けざまに彼女の顔面を鞄で叩きつけた。
彼女は反射的に手で防いだが、そのまま下駄箱に頭を打ち付けて倒れた。
下駄箱のふたが衝撃で歪んでいた。
一瞬の興奮状態で息を荒げる僕は、二人を見下ろしながら
「ふざけんな、バぁカ」
心臓が大きく高鳴っていた。
僕は、自分の靴を履き替えると、そのまま家に帰った。
二人はまだ倒れたままだったが、動いていたので死んではいないだろう。