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◆第3話◆

 洋子は僕にとってあまりにも都合のよい娘だった。

 男子生徒とは殆ど言葉を交わさないし、女子の中にも特に親しい友人はいない。

「信頼するのは亜希子だけ」と言う彼女は、とても愛おしい存在だった。

 僕は中3の一年間で、他校の娘も含めかなりの数に関係を試みたが、身体の関係まで行ったのは洋子を抜かして五人だけだった。

 それでも長くは続かない。みな嫌悪を抱きながら半ば無理やり僕の餌食になり、殆ど二度目はない。

 それでも僕は洋子を含め三人と定期的に身体を交えた。

 その頃の僕には、それ以外に特に楽しみは無かった気がする。

 隣のクラスの美香と隣の中学に通う多佳子。そして、洋子。

 それぞれが違う身体をしている事に興味を引かれて、誰も離したくはなかった。

 異常な行為と知っている彼女たちは、当然誰にも喋る事は無いから、三又を掛けていても全く誰かに知れる事はない。


 しかし、いっぺんに全てを失う時が来た。転校だ。

 いや、実際は中学を卒業してからの引越しだから転校にはならない。

 受験する高校も決まっていた年末、父から話を聞いた僕はショックを隠せなかった。

 それでも、同じような偏差値で入れる横浜の高校を受験して、3月下旬にはここ鶴見に引っ越して来た。

 また一からやり直しかと思うと何だかウンザリする気持ちが大きかったが、心機一転いい娘を探そう。

 僕は高校に通いだして、そう思った。



「ねぇ、亜希子。明日元町に買い物行くけど一緒にいかない?」

「うん、いいよ」

 クラスで一番仲良くなったのは、北沢昌美。

 最近髪を短くしてカラーリングした僕とは対照的に、長い黒髪を風に揺らしながら跳ねるように歩く姿は、元気があってどこか清楚だ。

 僕も身体の線は細いが、彼女は背丈がある分スタイルはいい。

 もともと少し茶色の瞳は、父親のお爺さんがクオーターなのだそうだ。

 最初に見て、その容姿が一番気に入っていたのに、一番仲良くなってしまった為、どうにも手が出せなくなってしまった。



「アッコって東京にいたんでしょ」

「東京っていうか、春日部ね」

「春日部?」

「埼玉だよ」

「なあんだ」

「でも、東京まで直ぐだよ」

「本当に?」

 昌美はさいたまと聞いて、少しバカにしたように笑う。

「でも、ここから東京までと大差ないかな」

 昌美はそれを聞いて、再び笑った。

 彼女は横浜生まれの横浜育ちだ。

 僕たちは元町まで繰り出して、買い物をしたりしてブラついていた。

 昌美は横浜の色んな場所を知っていて、細い路地裏の雑貨店なんかにも立ち寄ったりする。

 一息ついて僕たちは、ジェラートの店でアイスを買い、外のベンチに腰掛けて食べた。

「ねぇねぇ、暇そうじゃん」

 ナンパ男が声をかけて来た。

「ぜんぜん。忙しくて今やっと一息ついたとこ」

「そうなの? ハッパとかあるけど、一緒にどう?」

「忙しいから遠慮しておく。ごめんね」

 昌美は、そう言ってさりげなく微笑んだ。

「そっか、忙しいんだ」

「うん」

「じゃあさ、夜時間空いたら駅前のクラブおいでよ」

「でも、あたしら高校生だよ」

「んなの平気平気」

 男はそう言って笑うと、片手を上げて立ち去った。

 後ろのポケットから、なにやら大きな鎖をぶら下げていて、それが歩くたびにジャラジャラと音を鳴らしている。

 すると、少し先のベンチにいた娘に、彼は再び声を掛けていた。

 僕は思わず昌美と顔を見合わせた。

 そのまま何となく行き交う人の波を見ていると、通りの先の歩道に、黄色いポルシェが勢いよく乗り上げて停まった。

 出てきた運転手の女は、何食わぬ顔で何処かへ出かけていった。

 ずいぶん、大胆な路駐だ……あんなのあり……



「ねえ、アッコは誰か気に入った人とかいる?」

「えっ? 気に入った人って?」

 人波を眺めていた僕は、その質問にポカンとして訊き返した。

「学校だよ」

 ああ、なるほど。目の前にいるよ……

「うぅん。別に」

「あたしは、塚本先輩がいいなあって」

 塚本とはバスケ部の2年生で、1年の時からポイントゲッターとして試合に出ているそうだ。確かに他の部員がただゴツイだけにも関わらず、彼の笑顔は妙に甘い香りを漂わせている。

 昌美もけっこうミーハーと言うわけか……

「まあ、いいんじゃない。でも競争率高そう」

「それがいいんじゃない」

 昌美はそう言って、黒い髪をかき上げた。

 僕は黙って、彼女の白い指を見つめていた。



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