◆第28話◆
僕は暗がりで中学生の少女を襲った。
自分だって、高校入りたての少女の身体のくせに。
身体の疼きが堪えられなかった。
小さな後姿から露出した生脚が、僕の欲望を抑えていた鎖の鍵を壊してしまった。
口を塞がれた彼女は声を押し殺すように、嗚咽を堪えて身体を震わした。
流れ出る涙が僕の右手を濡らした。
僕は急激に気持ちが冷めていくのを感じた。
我に帰って彼女から身を離すと、猛ダッシュで自転車に跨り、思い切りペダルを蹴飛ばした。
息が苦しかった。
心臓が張り裂けそうで、肺がはち切れそうだった。
何をしてるんだ……完全な犯罪だ。
方角も判らずにペダルを蹴り続けた。
暗がりの景色は、紙芝居の粗雑な風景のように僕の視界を通り過ぎて行った。
気がつくと、自分の家からはだいぶ離れた大通りに出ていた。
サイレンの音で、僕は一瞬身体を硬直させたが、1国を走る救急車の音だった。
ドップラー効果が目の前を通り過ぎてゆく。
僕は、息をついて自転車を降りると、歩道にペタリと腰をおろした。
鼓動はまだ僕の胸を内側から強く叩き続けていて、何度も深く息をついてみたがなかなか収まらなかった。
鞄からタバコを取り出して咥えると、火をつけて空を仰いだ。
深い闇が何処までも広がって、僕が吐き出したタバコの煙は、悪魔の吐息のように水銀灯の僅かな光に照らされて漂いながら、暗黒へと溶けて消えた。
そんな僕の目の前で、車が急停車した。
ドカドカと空気を振るわせる音が、車内から溢れ出ていた。
「どうしたの? 乗せてってあげようか?」
ナンパだった。
僕は歩道に腰掛けたまま、一瞬見た視線をそらして無言でタバコの煙を宙に吐いた。
「なんだよ、シカトかよ」
男が二人乗った騒がしい車はそんな言葉を吐き捨てると、エンジンを吹かしながら急発進して街道の闇に消えていった。
僕は街路灯が連なる喧騒と静寂の狭間で、膝を抱えてうずくまった。
何も考えられなかった。
ただ暗闇の片隅に、魂の欠片をひっそりと隠して、誰にも見られたくなかった。
* * * *
その週の土曜日の夜、僕のバイトするコンビニに突然オサムが現れた。
「よう。頑張ってる?」
「うん、ぼちぼち。ここに来るの珍しいね」
僕のバイトするコンビには、駅を降りてオサムの家とは逆方向に在るのだ。
「バイト終わったら、お茶でもしない?」
「ここナンパお断りなんですけど」
僕は笑ってそう言った。
恵美子と未穂は離れた場所から、怪訝な顔でその様子を覗っていた。
僕たちは、駅前のドトールコーヒーに入った。
仕事帰りのビジネスマンが意外といる。
「こんな遅い時間に遊べるなら、もっと昌美と会ってあげればよかったのに」
僕はアイスコーヒーを飲みながら言った。
「そうだな……でも、彼女の家は二駅向こうだろ。意外と負担になってね」
負担……そう思う時点で、きっと駄目なんだよ。
僕はそう思ったが、口には出さなかった。
「友達が亡くなったって……」
オサムは躊躇しながら言った。
「うん。誰から?」
「ああ、昌美が言ってた。大学生と付き合ってたの?」
僕は彼の顔を見ていた視線を、窓の外へ移した。
「付き合ってなんかないよ。本当の友達だったんだ」
「そ、そうなんだ」
彼は何だか納得しない顔で僕を見つめているのが、外に向けた自分の視界の隅に見えていた。
何だか、前に感じた心地よさは、もう彼には無かった。
何がどう変わったのか判らない。
もしかして、変わったのは僕の方なのかもしれない。
僕たちは、取り留めの無い話をしばらくして店を出た。
自転車を走らせていると、夜風がだいぶ涼しくなったのを感じた。
近所の小さな公園の草むらからはコオロギの鳴き声がやたらと聞こえていた。