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◆第26話◆

 残暑の続く空は蒼く果てしなく、そして大気が歪むほどに暑かった。

 それを駆け抜けるように、彼は灰色の気体となって天に昇ってゆく。

 何処までも高く伸び上がると、やがては霞んで空の蒼に溶け込んで見えなくなった。

 僕は彼が消えてゆくその先の蒼を何時までも見上げていた。

 そしてもう洋介という容をした彼には会えないのだと言うことを実感した。



 通夜、告別式、そして火葬と僕は出席した。

 通夜と告別式には友人達が溢れていた。

 以前のパーティーで見かけた顔もずいぶんいる。

 皆、まさか洋介がこんなに早く逝ってしまうとは思っていなかったから、頻繁に見舞いに行くような事はしなかったのだ。

 口々に後悔の念を呟いていた。

 洋介は心臓に水が溜まっていたそうだ。

 前にちょっとだけ彼から聞いたことがある。血中に溜まった水分が心臓の中に少しずつ蓄積されると、やがて致命傷となるそうだ。

 ヨンジェの姿を見つけた僕は、何故か自分から彼女に近づいた。

「ヨウスケ、トテモザンネン……」

 彼女は俯いたままポロポロと涙を零した。

「洋介とも親しかったの?」

 彼女は小さく首を横に振って

「アキコノトモダチ、ヨンジェノトモダチトオナジ」

 そう言いながら、本気の涙をしきりにハンカチで拭っていた。

 葬儀会場で僕を見つけたてっちゃんは、黙って僕を抱きしめてくれた。

 僕は男の力で強く抱きしめられる苦しさを、今の悲しみとそっと置き換えて涙の雫を零した。

 彼、いや彼女なのか……てっちゃんはオバサンの化粧品の香りがした。




 エナと僕は、親族に混じってお骨を拾う事を許された。

 母親以外で、彼の最後を看取ったのは僕たちだけだ。

 もう何度も聞いた読経が、再び聞こえ出す。

 目的によって違うのだろうが、どれも同じように聞こえる。

 これで、死人しびとは本当に成仏できるのだろうか。

 火葬が終わるまでには小一時間かかると言われ、僕とエナは斎場の外へ出た。

 大きな駐車場の隅に腰をおろして、二人でコーラを飲んだ。

 ほとんど何も喋らなかった。

 いや、本当は気を紛らわせる為にずっと喋っていたのかもしれない。

 しかし、何を話したのかは全く記憶がない。それはきっと、エナも同じだと思う。

 記憶にあるのは、雲ひとつ無いやたらと蒼い空。

 そして、建物の陰に聳え立つ高い煙突の先から立ち登る灰色の煙……

 斎場は小高い丘の上に在って、周囲は木々に囲まれてひと気はない。

 現実から離れたこの場所が、あまりにも非現実的で、僕はテレビの画面でも眺めるように空を見つめていた。

「あれ、洋介かな」

 エナが不意に呟いた。

「どうだろう……釜が幾つも並んでたよね」

「そうだったね」

 僕は彼女の寂しそうな横顔に向かって

「でも、そうかもね」

 そう呟いた。




 火葬後の御骨は生々しかった。

 もっと粉々で灰が多いと思っていたのに、あからさまに人骨の名残を残していた。

 しかし、どれがどの部分かはもう判らない。

 これが本当に、僕と話、笑い、缶コーヒーを分けて飲みあった彼の姿なのだろうか。

 これが本当に、僕と一緒に湘南の砂浜を歩いた人の名残なのだろうか。

 僕が拾ったのは、いったい彼のどの部分なのだろう……

 突然眩暈と吐き気が襲ってきた僕は、斎場で倒れてしまい、気がつくと休憩室の畳の上に寝かされていた。

 目が覚めて起き上がると、傍には洋介の母親がいた。

「疲れたでしょう。ありがとうね」

 彼女は優しく微笑んで、僕に熱いお茶を入れてくれた。

 何だか洋介の笑顔に似ていた。

 緑茶の香ばしい香りが心に沁みて、少しだけ安らいだ。



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