◆第23話◆
洋介とドライブに行ってから、彼とは会っていない。
ただの友達でもこんなに会いたくなるものなのだろうか。
しかし、療養中の彼に、こちらから外へ出て来いとは言い難いし、やっぱり電話すのも何だか気が引けた。
僕は再びストレスが募って、恵美子や未穂に対して、妙な欲望が沸き起こりつつあった。
どうして心のバランスをうまく保てないのだろ。
「ねぇ、なんか食べて帰らない?」
そんな時、未穂が珍しく、バイトの帰りに誘ってきた。
「いいけど、珍しいね」
「両親が1泊で旅行ったんだ」
なるほど、そう言うわけか。
たまに両親がいない時ぐらい未穂も開放されたいのだろう。
彼女の普段の門限は夜の八時だそうで、バイトの時だけ特別に遅い時間が許されている。
だから、彼女は何時もバイトが終わると必ず家に電話を入れるのだ。もちろん、寄り道は許されない。
「恵美子は?」
「彼氏と約束あるって」
駅の近くにある和食のレストランで食事をして、ゲーセンでプリクラを撮った。
プリクラなんて本当は嫌だけど、僕にしてみればこれも社交手段の一つだ。
僕もそうだけど、夜のゲーセンなんて全く入らない未穂は、何だか楽しそうだった。
二人でクレーンゲームをやったが、欲しいものは一向に取れず、とりあえず狙ったわけの判らないキャラモノのぬいぐるみが二人の手にあった。
二回ほどチャライ男にナンパされた。
「ねえ、ウチ寄っていかない?」
未穂は一人が寂しいのか、そう言って僕を家に招いた。
彼女の家は大きくて、庭の片隅には小さな小便小僧のオブジェが置いてあった。
玄関を開けると、ほの暗い中を、毛むくじゃらの何かが走ってくるのが見えて、僕は思わず目を凝らした。
未穂が電気をつけると、それは黒いトイプードルだった。
彼女の帰りを待ちわびていたのか、やたらとシッポを振って彼女にまとわり着いた。
何だか生き物というよりぬいぐるみみたいだ。
人懐っこい彼は、僕の膝の上にもしきりに乗っかってくる。
おやつを与えて、少し遊んでやると、自分のケージに入って行った。
「未穂は兄弟いないの?」
「うん。お姉ちゃんいるけど、今東京の大学に行ってる」
「そう」
テレビからは深夜のバラエティー番組が流れていた。
「ねぇ、未穂ってもう経験済み?」
「な、何よいきなり」
「どうなのかなぁって思ってさ」
「ウチ、カトリックの高校行かされるくらいだよ。そんなのまだまだだよ」
「ふぅん。そっかぁ」
目の前のウーロン茶を飲んで、僕は軽く息をついた。
一瞬の沈黙が妙に長く感じて、部屋の向こうのケージで犬がくしゃみをするのが聞こえた。
「ねえ、あたしもまだだから、一緒に練習しない?」
男とした事が無いのは本当の事だ。
「はあ? 何言ってんの?」
「だって、全然ってのも寂しいでしょ?」
「そ、そんな事言ったって……」
未穂は困惑した笑みを浮かべた。
僕は未穂に身体を寄せて、そっと胸を触った。
彼女は小さく身を引いたが、その瞬間頬は紅潮して、僕の手を軽く掴んだだけだった。
「未穂、女子高でしょ」
彼女は目を閉じて無言で頷いた。
「こういう事してる娘、クラスにもいるんじゃないの?」
未穂は黒髪を振り乱すようにして大きく首を横に振りながら
「そんなの、わかんないよ」
殆ど無抵抗の未穂を、僕はゆっくりとソファに押し倒した。
テレビの音に混ざって、二人の小さな吐息が零れるようにリビングを埋め尽くした。
次の日未穂はバイトを休んだ。
具合が悪いとの事だが、昨夜の事がショックだったのかもしれない。
未穂は嫌々ながら、最後まで僕のされるがままだった。
そして、欲情に流されたのか、彼女自身も僕の身体を僅かに愛撫した。
彼女は再び僕に会うだろうか。
僕は、少しだけ昨晩の事を後悔していた。
恵美子も一緒にいたなら、あんな事は無かっただろう。
もしかしたら、未穂も僕の前から消えるかもしれない。
何時もと変わらない恵美子の明るい話し声の横で、僕は再び訪れる孤独を恐れていた。