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◆第21話◆

 9月に入り、学校が始まった。

 サクラを廊下で見かけたが、もちろん知らん顔で通り過ぎる。

 一瞬こちらを見た彼女の視線は、僕をさげすむものだった。

 昌美とも久しぶりに顔を会わせた。

 メールはたまにやり取りするが、あの晩彼女のキスをする様子を見てから、僕は彼女を避けていた。

 彼女は汚されてしまった……少し大げさだけど、僕の気持ちはそんな感じなのだ。

 学校はなんだかいっそうつまらないものに思えて、早く帰りたい。そんな事を考えるようになった。

 始業式が終わって放課後、僕の携帯にメールが入った。

 洋介からだった。

 今日退院すると言っていたから、きっとその事だろう。

『退院したよ』

 あまりにもシンプルすぎる内容だった。

 しばらくは大学を休んで自宅療養だと、昨日会った時に言っていた。

 洋介は家族と一緒の自宅だから、これでしばらくは会えそうも無い。

 さすがに自宅には行きにくいし、自宅療養の彼を外へ呼び出すわけにもいかないだろう。



「アッコ」

 昇降口で昌美が声をかけてきた。

 僕はなんとなく一人でここまで来ていたのだ。

「久しぶりに一緒に帰ろうよ」

「オサムは?」

「今日も部活だってさ」

 彼女は口を尖らせてそう言った。

「なあんか、まだまだ暑いよね」

 昌美はいろいろ喋っていたが、僕は適当に相槌をとりながら彼女の唇を見つめていた。

 零れる白い歯が、とてもきれいだった。

「どうかしたの?」

「えっ?」

「なあんか、へんだよアッコ」

「そう?」

「今日もバイト?」

「うん。4時半からね」

「あたしは5時から」

 昌美は白い歯を見せて笑うと

「どっか寄ってく?」

 少しの時間だったが、久しぶりに昌美と街をブラブラした。

 並木通りでは、まだしきりに鳴くセミの声が聞こえた。




 学校が始まって1週間が過ぎた。

 洋介とは、退院してから一度も会っていない。

 バイト先で恵美子や未穂と会えば気晴らしにもなるが、やっぱり洋介と話がしたい。

 電話をすればいい事なのに、相手の都合とかを勝手に考えて、何となく控えてしまう。

 そんなある土曜日の朝、洋介から電話があった。

「元気?」

「それは、こっちのセリフ」

「そうだな」

 電話の向こうから聞こえる彼の笑い声は、軽快だった。

 その声が、とても懐かしく感じた。

「ドライブでもどう?」

「えっ?」

「鎌倉にでもさ。あんまり遠乗りはまだ疲れるから」

 洋介はそう言って再び笑った。

「大丈夫なの? 療養中なんじゃ」

「少しは気分転換しないとさ。気軽に誘えそうなのは亜希子だけだし」

 僕は、少しだけ考えたが、結局OKした。

 気軽に誘えるという言葉が嬉しかった。

「実はさ、今鶴見の駅前なんだ」

 彼は、すぐ迎えに行くからと言って電話を切った。


 僕は慌ててパジャマを脱ぎ捨て、何を着ていくか迷いながらクローゼットを開けた。

 そして、ふと考えた。

 何だ、何舞い上がってるんだ。別にデートでもあるまいし、着る服に迷う必要なんか無いじゃん……

 僕はハードウオッシュのジーンズにTシャツを着てツイルのパーカーを羽織った。

 外に車の音が聞こえたので、窓から通りを覗くと洋介の車だった。

 いそいで階段を駆け下りて、玄関でレッドウイグの靴ヒモを結ぶ。

「亜希子、何処か行くの?」

 母の声が背中から聞こえたので

「ちょっと出かけてくるから」

 僕はそれだけ言って外へ出た。

 他にも何か言っていたようだが、何時もの事だ。聞く必要はないだろう。

 玄関を出て直ぐ、通りに停めた車から降りてきた洋介が見えた。

 僕は逸る気持ちが表に出ないように、洋介にそれを悟られないように、さりげなく歩いて、軽く左手を上げて見せた。



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