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◆第20話◆

「ちょっと、コーヒー買ってきてくれよ」

 ある日、洋介病室で彼が言った。

「えっ、駄目でしょ」

「少しなら大丈夫だよ」

「ほんとうに?」

 僕は疑わしい目で彼を見つめた。

「全部は飲まないよ。少しだけ、な」

 僕は仕方なく休憩ロビーに在る自販機に向かった。

 彼は、手渡した冷たい缶コーヒーを少しずつ、とても美味しそうに飲んだ。

 本当は、もっと一気に飲みたい気分に違いない。

「美味しい?」

 僕はその至福の横顔に、思わす言った。

 その時看護師が病室に入ってきた。

「ヤバ」

 洋介は慌てて缶コーヒーを僕の手に持たせた。

 向かいのベッドに用事だった看護師は、一応こちらにも視線を送ると

「坂町さんは、人気があるのね」

 そう言って微笑みながら出て行った。

「あぶねぇ。また叱られる所だったよ」

「また?」

 僕はそう言って息をつくと、肩をすくめた。



「こんなにしょっちゅう来て、亜希子もよっぽど暇なんだな」

「バイト以外はね、マジ暇」

「彼氏とかいないのか?」

「彼氏ねぇ」

 僕はチョトだけ窓の外に視線を移して「必要ないなぁ」

「何だよ、男嫌いか」

「そう言うわけじゃないけど」

 僕は、そう言った後、少しだけ間を空けて

「ねぇ、ずっと友達でいられる?」

「はあ?」

 彼は僕の顔を見つめた。

「何だよ、お前友達いないのか?」

「いない事は無いけど、男の友達はいない」

「なに、彼氏より男の友達が欲しいってか?」

「まあね」

 僕は、彼が手渡してそのままの缶コーヒーを飲み干した。

「言っとくけど、セフレは無理だぜ」

「バカ言わないでよ。キモイ」

 洋介の冗談に付き合って一緒に笑った。

 彼は笑った顔を一瞬真顔に戻すと

「お前、もしかして……」

 彼は僕の瞳の中を覗き込むようにして言った。

 僕は、心のずっと奥を覗かれているようで、何だか気恥ずかしかった。

「な、なに?」

「いや、何でもない」

 彼は、そう言って笑いながら

「ほんと、亜希子って変わってるよな」


 ここでは時が穏やかに流れて、僕は洋介の笑顔を見ながら些細な友情を勝手に感じたりする。

 彼の僕に注がれる笑みが、どういう意味を持っているかなんていちいち考えはしないけど、男でも女でもなく、僕といういち個人に送られている事は確かなのだ。


「あの看護婦さんきれいだね」

「そうかぁ?」

「なあんだ、洋介のタイプじゃないんだ」

「けっこう性格キツイぜ」

「それは、あんたがいけない事するからでしょ」

 思わず二人で笑った。

 彼の病室の窓から差し込む残暑の陽差は、僕にとって心地よいものだった。

 僕は洋介と話しているのが楽しかった。

 バイトでは、恵美子や未穂と女としての会話を交わして、病院へ来れば洋介と男同士とまでは行かないが、それに近い気持ちで会話を楽しめる。

 もちろん、洋介の前でも自分を僕とは言わないが。

 昌美とオサムをいっぺんに失ったような気持ちでいた僕は、再び心のバランスを取り戻していた。


「ねえ、何時退院できるの?」

「もうしばらくかな」

「そう」

 もう直ぐ学校が始まる。夏休みが終わるのだ。

「退院したら、メールちょうだいよ」

「ああ、もう直ぐ学校だもんな」

「学校始まったら、放課後来るよ」

「まぁ、俺は何時でも暇だから」

 洋介はそう言って笑った。



  * * * *



「あぁあ、もう夏休みも終わりかぁ」

 見切りの弁当を整理しながら美恵子が言った。

 今日は夏風邪で、未穂が休みだった。

「ねぇ亜希子、洋介のお見舞い行ってるんだって」

「えっ、う、うん」

「なに、タイプなの?」

「別に。一緒にいて面白いし、バイト以外は暇だからね」

「ふぅぅん」

 恵美子は少しイヤラシイ目で笑った。



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