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◆第18話◆

 僕は何故かあの洋介という人の事が気になっていた。

 おそらく年上のせいなのか、彼は僕を女として見ていないような気がした。

 それとも、もう少し大人になれば、同じ世代同士でも男女の分け隔てなく友達が出来るものなのだろうか。

 洋介に毒づいていたエナは、元カノだそうだ。何だか腐れ縁が続いているのだと、恵美子が話してくれた。

 僕は、あのパーティーに顔を出した事で、一気に世界が広がったような気がしていた。

 しかし、世界が広がると言う事は、それだけ悲しみに対する間口も広がると言う事を、この時僕は考えもしなかった。



 3日後、洋介が入院した事をエナが教えてくれた。

 僕は考えた挙句、翌日病院へ行く事にした。

 途中、駅前の花屋でリンドウとトルコキキョウの小さな鉢植えを買った。

 花を買うどころか、花屋に入ったのも初めてだった。



「あれ? 予想外のお客が来たな」

 病室に入った僕を見て、洋介は笑ってそう言ったが、何だか妙にやつれたその笑顔は弱々しく見えた。

 僕は出来るだけ明るい笑顔を返して、鉢植えを窓際に置いた。

 ガーベラとヒメひまわりのブーケが置いてあった。きっとエナが持って来たのだろう。

 僕は小さな丸椅子に腰掛けて

「外はまだまだ暑いね」などと、ありきたりな言葉を言ってみたりした。


「この前水分取りすぎてさ」

「水分?」

 僕は、何だか分けが判らなかった。

「俺、腎不全なんだ」

「腎不全?」

「腎臓が殆ど機能してないのさ」

「それだと、どうなるの?」

「身体の中の老廃物が体内に蓄積するんだ」

 彼は、僕の不安な顔を見ると、小さく笑って

「だから、人工透析をして、血液の中にたまった老廃物や水分を取り除くんだ」

「人工透析……」

 何処かで聞いた事はある。

「でも、それにも限度があるからな。この前パーティーの時に水分取り過ぎたんだ。俺なりにセーブはしていたんだけどな」

「水分取りすぎると駄目なの?」

「腎臓が機能しないと、血液中に水分がどんどん溜まるんだ。普通は腎臓が血中の老廃物と一緒に余計な水分を尿に変えるのさ」

「そうなんだ……」

「賢い臓器とは、よく名づけたもんだよな」

 洋介は天井を見上げるようにして笑った。

「俺が一日に飲める水分は250CCだけなんだよ」

「い、一日250CC?」

「それ以上取ると、こういう目に遭う」

 洋介はそう言って、力なく笑って見せた。

「一気に体内の水分を抜き取ったから、今は身体がだるくてね」

 食事制限に水分制限。そんな制限を受ける人を間近で見たのは初めてだった。

 どんなに喉が渇いても、彼は一日250CCの水分を越えてはならないのだ。

 僕はどんな顔をして、彼を見つめていたのだろう……

 自分でもそんな事に気を配る余裕が無かったのかもしれない。

 病院の敷地の木々からやたらと鳴り響くセミの声が、今更ながら僕の耳に届いてきた。



「大丈夫だよ。そんな顔するなよ」

 洋介は僕の顔を見つめながら、命いっぱい強がった笑いを浮かべた。

「なんだ、俺に惚れたのか?」

「ば、バカな事……」

「ハハッ、冗談だよ」

 彼は、わざと声を出して笑うと、誰かが見舞いに持ってきたらしい袋入りのクッキーを僕に手渡して

「でもお前、ちょっと変わってるよな」

「な…何処が?」

「なかなかカワイイし、恵美子にだって負けてないけど、いや素材はそれ以上かも。でも、あいつはバリバリ女って感じなのに、亜希子は何だか少年って感じだ」

 そう言われて僕は、何だか思わず赤面した。

 洋介は僕の複雑な表情を見て直ぐに

「いや、ごめん。一応ほめ言葉なんだけど」

 僕は彼の言葉にただ笑って、貰ったクッキーを齧った。

「あれ? 亜希子は左利き?」

「えっ?」

 僕はいきなりの彼の指摘に驚いた。

「う、うん。箸とかは矯正されたけど、元々は左。何で判ったの?」

「ほら、クッキーの袋を切るのに、右手で支えて左で切ったからさ」

「へぇ、そんなんで判っちゃうんだ」

 僕は素直に驚いて見せた。そんな細かい事、自分でも意識した事が無い。

 しかし、意識しない事にだからこそ、利き腕の癖が出ると言う事なのか。

「俺さぁ、中学まで神戸にいたんだ」

 彼は頭の後ろに両手を組んで話し始めた。

「そん時、タカシっていうマブダチがいてさ」

「マブダチ?」

「そう。小学校からずっと、何時も一緒で、何をするのもね。でも、中三の春に、神奈川に引っ越す事になって。俺、ギリギリまでタカシに言えなくてさ。

 先生がクラスのみんなに報告した時、タカシも初めてその事知って……

 アイツ、めちゃくちゃ怒ってたなぁ」

 洋介は天井を見上げながら、その先に見える何かを見つめているようだった。

「そのタカシに似てるな」

「はあ?」

「亜希子の目さ」

「目が?」

「そう言えば、アイツも左利きだったっけ。関係あんのかな」

 洋介はそんな事を呟くように言いながら、一人で笑った。

 僕はどう応えていいのか判らなくて、つられるように笑って見せた。



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