◆第17話◆
「遅かったじゃない……って、その人だれ?」
ヨンジェと一緒に戻った僕に、恵美子が言った。
「あら、確か、留学生の娘よね」
エナが僕といる彼女を不思議そうに見つめた。
「ハイ、ワタシ、ユン・ヨンジェです。コンバンハ」
彼女はそう言って、会釈をした。
ヨンジェは、洋介やエナが通う大学の留学生らしい。
「でも何で、亜希子と一緒?」
恵美子は再び訊いた。
「ワタシ、アキコ、トモダチデス」
……えっ、友達なの? 僕はそう心で呟いた。
僕が駅での事を説明すると、皆は納得した笑みを浮かべた。
「ヨンジェ」
奥の部屋から誰かが呼んでいた。
「ソレジャ、ワタシイキマス。マタネ、アキコ」
彼女は、そう言って皆にも手を振ると、その場から立ち去った。
さすがにこれだけ人数がいると、仲のいいグループが自然に分かれて固まっているようだ。
奥の部屋に行ったヨンジェは皆に溶け込んで、何となく人気者だった。
「しかしあんたも、けっこう人がいいんだね」
恵美子が僕を肘で突いて言った。
「なんで?」
「外で落したコンタクトなんて、普通捜さないでしょ」
「彼女に圧倒されてさ」
「それを見つける所もすごいよな」
洋介がそう言って笑った。
エナも恵美子も「言えてるぅ」と言って、笑った。
僕は、大勢で話してこんなに楽しい気持ちになるのは、初めてだと思った。
「あら、エミちゃん来てたの? 声かけてよぉ」
振り返ると、そこに立っているのは棒切れのように細い身体をした生き物だった。
ツンツンとヤマアラシのような茶色い髪と細く描かれた眉毛。彫が深い顔は少し日本人離れしているが、ヒゲの剃り跡といい、声といい、どう考えてもそれは男だ。
タイトなブラックジーンズに襟の大きな赤いシャツを着ている。
何だか、漫画のキャラクターみたいだ。
「あれぇ、何処にいたの、あたしぐるっと回ったんだよ」
「いま、お手洗いに行ってたのよ。何だか便秘ぎみでさ」
「もう、てっちゃんてば」
恵美子はそう言って大きく笑うと、彼の腕をバシバシと叩いた。
「少し見ないうちに、また胸が大きくなったんじゃないの? 少し分けてよ」
「好きなだけあげるよ」
恵美子は自分の胸を彼に差し出すような仕草をして笑った。
「あら、あんたたち、相変わらず何時も一緒なのね」
てっちゃんと呼ばれた男は、洋介とエナを代わる代わる見て言った。
「たまたまでしょ」
エナが即効で返す。
「ま、いいけどさ」
と言いながら、今度は僕に視線を止めた。
「あら、お初の娘?」
彼は僕を上から下までマジマジと見つめた。
大きく襟の開いた首にぶら下げた金色のネックチェーンが、間接照明に反射してキラリと光った。
グラスを持つ手の小指が立っている……
「彼女、バイトの友達の亜希子」
恵美子が紹介してくれたので、僕は軽く頭を下げた。
「ショートカットがとても素敵ね」
そう言って微笑むと、てっちゃんと呼ばれていた不思議な男は、その場からいなくなって、離れた場所で再び誰かと楽しそうに話していた。
僕は、彼のヒョロリとした後姿をしばらく見ていた。
「あいつ、ゲイバーでバイトしてるんだ」
洋介が僕に言った。
「げいばぁ?」
「ちょっと変わってるけど、イイ奴だよ」
洋介は優しい笑みを浮かべて、そう言った。
パーティーはまだ続いていたが、朝の3時ごろになると洋介が車で僕と恵美子を送ってくれた。
帰り際、僕を見つけたヨンジェは駆け寄ってきて、再び握手をした。
白みかけた朝まだ来の空が何だかとても清々しく感じて、僕は家に着くまで窓の外ばかりを眺めていた。