◆第16話◆
「あれ、酒飲まないの?」
横を見ると、誰かが話しかけている。
「えっ?」
「それ、酒じゃないだろ」
やはり、僕に話しかけているのだ。
「う、うん」
「飲めないの?」
「あんまり」
僕がそう言うと、男は小さく声を出して笑った。
大音量の音楽で、その声は聞こえなかった。
「酒飲まないのにここに来るなんて、変わってるね」
「ああ、あたし友達に連れてこられて」
僕がそう言うと、男は再び笑った。今度は少しだけ笑い声が聞こえた。
「こんな事、しょっちゅうやってるの?」
「いや、2ヶ月に一度くらいかな。でも、今月は二度目だけどね」
笑うとできる目尻のシワが、人懐っこさをかもしだしていて、少し長めの髪もナンパ臭さは無かった。
ラフに着た白いシャツが清潔感を出しているのだろうか。
グラスを持つ手には、プラチナのブレスとエクスプローラがチラついていたが、それも嫌味は無い。
「またすぐ新しい娘引っ掛けて」
反対側から声がして振り返ると、今度は女性だった。
胸の大きく開いた山吹色のワンピースの上に、シースルーのカーデガンを羽織っていた。
照明の落ちた中でも、濃いマスカラと赤い唇が目立っている。
「そんなんじゃないって」
「はいはい。洋介は優しいからね」
「お前、もう酔ってんのか?」
男はすかさず言い返した。
僕は首を左右に振りながら、二人の会話を聞いていた。
そんな僕に気づいた男は
「ああ、ごめん。俺、洋介。そいつはエナ」
「そいつって、何よ」
エナは洋介をキッと睨むと、僕に向かって微笑み
「よろしくね」
小鼻の小さい、何処か上品な笑顔が注がれた。
洋介もエナも大学生なのだそうだ。
僕が彼らとしばらく会話を交わしていると、恵美子が戻ってきた。
「あれ、洋介も来てたの?」
「ああ、まぁね」
「大丈夫なの? 飲んだりして」
「一応ひかえてはいるよ」
「そうそう、恵美子からも言ってやってよ」
相変わらずエナは洋介にきつかった。
恵美子は普段どんな付き合いでこの人たちと知り合うのだろうか。僕はとても不思議に思った。
それでも、初めて年上の人たちと話してみて、何だか楽しい気分だった。
ここへ来て1時間以上が経った頃、僕は部屋を出てトイレに行った。
恵美子にトイレの場所を聞くと、女性は部屋の外へ出てこの階にあるロビーの近くのを使った方がいいと言われたからだ。
部屋の賑わいが別世界のように、廊下は静まり返っていた。天井の照明は明るく、深夜を感じさせない。
ロビーには自販機もいくつか並んでいた。
僕がトイレから出てくると、一人の女性が小さなソファに腰掛けていた。
この時間にウロついているのはあのパーティーの参加者だろうか。
僕が盗み見る視線に気づいたのか、彼女は不意に顔を上げた。
「あっ」
「アキコ」
以前コンタクトを探していた韓国人だった。
彼女はソファから立ち上がると
「ドウシマシタ?」
「いや、あたし、今日パーティーで」
僕は、彼女の片言の日本語が苦手だった。
「ワタシモデスヨ。ズットイマシタ。イマ、スコシヤスミマシタ」
彼女は、懐かしい友人にでも会ったように、次々に言葉を発したが、半分は聞き取れなかった。
僕は作り笑顔で適当に相槌を打った。
「モドリマスカ?」
「う、うん……」
僕はヨンジェと一緒に部屋へ戻った。
「ヨンジェは、日本にいて寂しくないの?」
僕は廊下を歩きながら、小さな声で訊いてみた。
「アキコ、サビシイデスカ?」
「いや、あんたが……ううん、いいや。何でもない」
「ナンデモ?」
彼女はそう言って、ただ笑っていた。
僕もつられて笑った。