◆第15話◆
接近していた大型台風は、日本海にそれて消えてしまった。
お盆中、僕は毎日朝からバイトへ出かけた。
その時に見る青い空と大きな入道雲は、夕方のそれとはまったく違っていた。
去年の今頃は、何をしていたのか記憶が定かでない。
女の子ばかりを追いかけていたのだろうか。
お盆中のコンビニは意外と暇だった。
帰郷や旅行で出かける人がそれほどに多いのだろうか。
お昼を買いに来るビジネスマンも異常に少なく、子連れの主婦の方が多い。
大きな窓からは、白い陽差が降り注いで、日中にお店にいるのも何だか新鮮だった。
時間外の休憩がもらえたり、アイスをご馳走してくれたり、出ずっぱりの僕たちに、店長もそれなりに気を使っているようだった。
「新横のホテルでパーティーあるんだけど、行かない?」
お盆明け、バイトに行くと二日ぶりに会った恵美子がそう言って声をかけてきた。
「ホテルでパーティーって、何だかアヤシイよね」
横で聞いていた未穂が、訝しげに言った。
「どうせあんたは来られないでしょ」
恵美子は未穂に向かって言うと
「それに、変なクスリとか無しだよ」
「ほんとに?」
僕も未穂と同じく、怪しげなイメージを感じていた。
「あたしだって、やばい事はやだもん。て言うか、あたしそんな悪い付き合いの友達いないよ」
僕は、タダ券がもったいないという恵美子に押されて、パーティーへ行く事にした。
新横浜の駅を出ると、大通りが真っ直ぐ伸びて街路灯が何処までも続いていた。
「どうして、未穂は来れないの?」
「バカね。彼女のウチがこんな夜遊び許してくれるわけ無いでしょ」
「ああ、そっか」
未穂はしっかり者だから、こんな時いてくれたら心強いとのにと思った。
駅から見えていたデカイホテル。まさかとは思ったが、恵美子が向かっていたのはそのホテルだった。
一階には大きな喫茶店やレストランが入っていて、道路沿いの巨大なガラス窓に煌々と明かりが灯っていた。
ピカピカのガラス張りの自動ドアを抜けて、広いロビーの横を通ってエレベーターに乗る。
夜遅いせいか、他には誰も乗っていない。
「ちょっと、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。亜希子って意外と未穂側に近いのかもね」
恵美子はそんな事を言って笑った。
壁で仕切られた狭い空間に、彼女の笑い声が響きわたる。
やたらと数の多い階数表示のボタンランプが、次々と上へ向かって順に光ってゆく。
恵美子の押した33階まで止まることは無かった。
エレベーターを降りて、会場に使われる部屋へ真っ直ぐ進む。
「乱交パーティーって事は無いよね」
僕は不安を隠しきれずに、再び恵美子に訊く。
「バカねぇ、そんなわけなっしょ。亜希子、雑誌の見すぎだよ」
彼女はそう言って、僕の手を掴んで部屋のドアを開けた。
溢れ出るように音楽が聞こえてきた。
スイートなのか、その部屋はやたらと広かった。二部屋に分かれていて、手前の部屋には小さなキッチンとバーカウンターまで付いている。
奥の部屋のそのまた奥がベッドルームになっているようだが、そこはドアで仕切られていた。
部屋の中には20人以上の男女がグラスを片手に楽しんでいる。
ホテルで貸し出しでもしているのか、立食用のテーブルが3つ置いてあった。
照明はかなり落してあって、まるで何処かのクラブのようだ。
ヒッポホップ系の洋楽が、大きな音で部屋中に流れていた。
「おお、エミ来たんだな」
近くにいた男が声をかけてきた。
「久しぶり。この娘、友達の亜希子。よろしくね」
恵美子に紹介されて、僕は軽く頭をさげた。
「俺、シュウジ。よろしく」
シュウジは大学生らしいが、よく観ると、部屋の中には僕たち以外にも高校生らしき人たちが混ざっていた。
恵美子は「一通り声かけてくるから」と言って、僕を残して歩き回っていた。
何処から持ってきたのか、部屋の中央には卓上式のプラネタリウムが置いてあり、天井に星空を映し出している。
昔で言う、ミラーボールの代わりだろうか。
入り口に目を止めると、僕たちの後にも何人か入って来るのが見えた。
それぞれに声を掛け合い、笑い合っている。
僕は天井に映る北斗七星を眺めながら、ソフトドリンクを手にしていた。