◆第14話◆
「熱つ、熱つ!」
砂浜に駆け上がった恵美子はピョンピョン飛び跳ねるようにして、再び波打ち際に戻って来た。
水際で未穂を捜して辺りを眺める僕に、彼女は
「熱くて砂浜歩けないよ」
「水際歩けば大丈夫だよ」
「ああ、なるほど。亜希子賢い」
恵美子はそう言って笑うと
「ところで、未穂は何処?」
僕は人の溢れかえる砂浜を見渡していた。
「あの、監視塔の近くじゃなかった?」
「あ、そうそう。うわ、メチャ遠いじゃん……」
恵美子は僕の指差した先を見ると、そう言ってクビをうなだれた。
「ずいぶん流されたみたい」
僕と恵美子はテクテクと水際を歩き出した。
「ねぇねぇ、二人で来たの?」
後ろから男の声がした。
振り返ると、自信満々の笑みを浮かべた、ロン毛のサーファー系が二人。
「俺らと遊ばない」
「あたし、喉かわいたなぁ」
恵美子が笑顔で返した。
ナンパ男の視線は、恵美子の豊満な胸をチラ見していた。
「マジ? 俺らいくらでも飲み物持ってるよ。BOX持参だからバリ飲みOKだよ」
「ほんとにぃ」
恵美子の笑顔は何処か本気っぽく見えた。
おいおい、まさか付いて行く気じゃ……
「あたしら、グループで来てるから戻らないと」
僕は男たちにそう言って、恵美子の腕を引っ張った。
「ナニ、女だけのグループ?」
意外としつこい。
僕は不意に目に飛び込んだ、上半身に日本画の描かれた人を指差した。
ビーチパラソルの下に雀卓を置いて、麻雀をしている。
「あそこ、あたしたちのツレ」
ナンパ男は視線を移してから、そそくさと後ずさりをして
「ああ、そうなんだ。じゃあ……邪魔しちゃワルイね」
そう言って笑った顔は、二人とも引き攣っていた。
「あ、いたいた」
僕と恵美子が砂浜を歩きながら未穂に声をかける。
「あら、何処から来たの?」
「沖まで行ったら、潮に流されたみたいでさ」
僕の言葉が終わらないうちに
「亜希子がやたら沖まで行くから疲れたよ。タダ呑みも逃がしちゃったし」
恵美子が、そう言いながら未穂の隣にドカッと腰を下ろした。
僕たちは無事に沖から戻ったものの、着いた砂浜は全く知らない景色で、目印の監視塔を頼りにだいぶ砂浜を歩いて来たのだった。
「亜希子、のど渇いたぁ」
「もう……」
僕は上着からお金を取り出して、海の家に歩き出した。
「あ、あたしも行く」
未穂も立ち上がると
「じゃあ、あたし荷物番ね」
恵美子はそう言って、大きなフロートをマットにして寝転がった。
砂浜で受ける真夏の太陽は、昌美の事を忘れさせてくれた。
熱い砂浜と海水には殺菌作用があると聞いた事がある。
心の殺菌作用もあるのかもしれない。
暑い砂浜に散りばめられた、色とりどりの華やかな景色と、恵美子と未穂の肌の香りが、今だけを楽しませてくれた。
もちろん、僕の身体からも彼女達同様に、女の香りが出ていたのだろうが……
帰りの満員電車は、海の疲れにいっそう拍車をかけた。
恵美子は僕に寄りかかって立ったまま眠かきをしていた為、膝がカクンッと折れる度に、何度も僕にしがみついた。
僕は彼女を抱きかかえるように支えながら、その無防備な所が何だかとても可愛く感じた。
未穂はほんのちょっぴり赤く焼けた頬を、しきりに気にしていた。
家にたどり着いた僕は、自分の部屋に入ってあっという間に寝入ってしまった。
夕飯は食べた記憶がない。
翌朝目を覚ますと、顔がヒリヒリした。