◆第12話◆
昼間は少々時間を持て余す事もあるが、僕は夕方からのバイトの時間が好きだった。
やる事があると言うのは、何だか自分の存在価値が明らかになって心強い。
陽が暮れてから何処かへ行く高校生カップルもたくさんコンビニには訪れる。
レジ前でいちゃついて、なかなかお金を払わない連中だとか、やる気満々でスキンを買っていく連中。
クラブにでも繰り出すのか、やたらと肌を露出して目の周りを真っ黒にした同年代の集団。
僕は、客と店員というガラスで仕切られたこちら側から、そういった連中を眺めて少しだけ楽しむ。
「亜希子は、お盆中どうするの?」
もうすぐバイト時間が終わる頃、恵美子が訊いてきた。
「どうするって?」
「パートさんとか結構休みとるから、あたしたちも朝から駆り出されるよ」
「そう言えば、入るとき聞いたような……」
しかも、僕が入った時にいた高校生の男は、商品のタバコを盗んでいたのがばれてクビになった。
「あたしは出れるだけ出るよ」
カップめんの棚を整理していた未穂が言った。
店内には三人のお客がうろうろしている。
「あたしは、半分だけ出る。友達とプール行くから」
恵美子は海やプールが大好きなようだ。
「あたしも全部出るよ。別に予定ないし」
僕は、宅配便の伝票を整理していた。
「あんたたち、彼氏とかいないの?」
恵美子は僕と未穂を見比べるように眺めて言った。
しかしその時、恵美子の視線は未穂を通り越してその向こうに止まった。
「あっ」
「何?」
僕が彼女に訊くと、恵美子は声を潜めて
「あの帽子の男、今万引きした」
「うそ」
「マジだよ。あたし見たもん」
そう言っている間に、ヤンキースの帽子を深めに被った男は、店の出口へ向かっていた。
「何取った?」
「わかんないよ。電池か何か。あの辺のモノ」
恵美子が小さく指差して言ったのを聞きながら、僕はカウンターを出て男が出て行く後を追って外にでた。
「すいません。ちょっといいですか?」
僕は小走りに近づいて男の肩に触れた。
男は思い切り僕の手を振り払って走り出した。
「ちょっと!」
僕は負けずに追いかけた。
そこはまだコンビニの敷地駐車場内だった。
再び背中に触れるが捕まえ損ねた。
その時歩道から自転車が走ってきて、男とぶつかった。
駐車場と歩道の間に転げた男を僕はすかさず押さえる。
倒れた自転車の人に構う余裕は無かった。
「何で逃げるんだよ! 万引きしただろう」
「うるせぇ、離せ!」
男は勢いよく僕を突き飛ばした。僕はアスファルトの上に軽々と転げた。
……クソッ、逃がしてたまるか。
僕は直ぐに起き上がって、再び男に掴みかかろうとした。
しかしその時、自転車で万引き犯とぶつかった人物が、男の腕を掴んだ。
「すいません。ちょっと来て貰えますか」
それはコンビニの店長だった。彼の父親がここのオーナーでもある。
あまりパッとしない普通の中年だが、この時ばかりは少しだけ頼もしく見えた。
「何だよ、濡れ衣だ!」
男が虚勢を張っていると、店から恵美子が駆け出して来て、男が持っていたリュックに手を突っ込んだ。
「あたし見てたんだからね。女の店員だと思ってなめんなよ」
恵美子が男のリュックから取り出したのは、携帯電話用の充電池だった。
* * * *
間も無く、入れ替えの大学生のバイト二人と交代して、僕たちは上がりとなった。
「びっくりしたね」
帰り際、一緒に裏口を出た恵美子が言った。
「うん。万引き捕まえたの初めて。超焦った」
「あたしは、亜希子の無鉄砲さにびっくりしたけど」
未穂がそう言って笑った。
恵美子も思い出したように
「そう言えば、バイトだけの時は、ああいう時追いかけたりするなって言われてたじゃん」
「そうだっけ?」
「刺されたりしたら、しゃれになんないよ」
僕はその言葉を聞いて、急に怖くなった。
ただ逃げるだけの犯人で助かったと思った。
「じゃあね」
「お疲れ様」
「またね」
3人は自転車に乗ると、別々の方向に散って行った。
僕は恵美子や未穂と一緒にいるうちに、当初の目的をすっかり忘れていた。
なんだか二人共一緒にいると楽しくて心地いい。
この関係をあえて壊したくはなかった。
その為には下手な感情は抱かずに、女同士として付き合っていく方がいいのかもしれない。
今の僕は孤独ではなかった。
昌美は時々メールや電話をよこすし、殆ど毎日恵美子や未穂と顔を合わせている。
何処に属したらいいのか判らない学校とは違って、向き合う人物が決まっているからストレスを受けないのだろうか。
学校のようなあまりにも大勢の集団生活が、僕にストレスを与えているのかもしれない。